僕はまだ 子供で 僕の右手が時々誰かを殺す。






   その代わり





   誰かの右手が 僕を殺してくれるだろう。  
























(スカイ・クロラ 森 博嗣)


















 HAVE-2章






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 つかまれた手を見上げた先の彼は、片眼が潰れ血が流れている。
 その流れた血を拭おうと彼の手に掴まれていない手を伸ばそうとするが手は届かない。

 いや、手は届いていた。ただ、手がへしゃげていたのだ。

 不格好だ、と思わず笑った。 いつもは気にしないのに今はひどく情けなく感じた。

 目の前の彼の 名前を呼ぼうとすると彼の無事な方の眼から雫がおちる。
 004の顔に掛かった血を落とし流した。
 彼の口が動く。何かを言っている。
 聞こえない。
 彼はこんな顔だっただろうか。
 少し痩せたな。
 あれほど無理をするなと言ってもきかない。
 困った奴だ。
 途切れるように呟くと004には009が静かに笑ってる様に見えた。



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 眼を開くと真っ先に時計が見えた。

深夜4時を過ぎたばかりだ。

 003ほどではないが夜目は利く。 他のメンバーは眠れただろうか、特に。004。
008は寝返りを打ちいくつか先の部屋の004の様子をを思い出した。

 元々、情のあつい人だ。

 そして同時に いまだ目を覚まさない仲間を思い出す。



 3日程前に時は遡る。


 008達はとある施設を訪れた。

 ”未来”から戻り、BGが壊滅して居ないことが分かった。
 誰もが戦いに対して新たな決意を抱いた。


 そんな中最近日本だけにとどまらず、各国、アメリカ、ムアンバ,中国、ドイツ、フランスも含むヨーロッパで
不定期に出所のわからない解読不可能な電磁波が重要な器具を狂わせていると情報番組では流れていた。



 何の前触れもなく、そしてなんの規則性もなく、とある田舎地方から都会まで。
  何かしらの機器を動きを狂わせてはすぐさまその不調は治るという状況だった。
 小さな町工場程度の不調だけであったなら、
 また、大きな機関だったとしてもすぐさま不具合が復興すれば誰も特に取り沙汰すこともなかっただろう。

 メンテナンスの怠り、自然界の、子供の何かしらのいたずら、誰かに何かの責任を押し付けまわって最後には誰かが何かしらの処罰を受ける。

  様々な原因はたらいまわしにあい、その後うっすらと消える。

 だが、それがあまりにも長い期間、点々と移動するように様々な機関が機器の動きを狂わせること、
  また信号機、医療機関からもトラブルが相次ぎ始めたことから研究機関が調べ始めた。国の内部ですら内密に動いているのではないだろうか。
 それをきっかけに出所不明の電磁波が起動しては消え動いては停止していることが分かったようだ。

 しかもそれほど強い波動ではないため、どの研究機関もその原因を突き止められないでいる。
  専門家を名乗る、長い肩書を持つ男や女がコメンテータのテロップを出され何か専門的な話をしている。
 場所や物を特定できないなら個々に弱い力のモノがあちらこちらに。それも、世界中に広まり何かを起こしているのかもしれない。
 メンテナンスのために008や004が来日する際もフライトトラブルを懸念したが運のいいことにエンジントラブル等のアクシデントは起きなかった。
 自分たちの不調を相談しに行くのフライトトラブルでバラバラとかは正直笑えない。
 眠りの時間に入る直前だった001がその場所をキャッチし、ピンポイントの場所だけを告げ、眠ってしまった。

 話し合いでひとまず、その時たまたま日本に滞在していた004,008、
 そして日本定着滞在メンバーの計6名で001がキャッチした研究所へ潜入することとなったのだ。

 ちょっとした調査の予定だった。



  算出されたポイントは 地図にも載っていない 孤島だった。




 本来なら人工衛星などで丸見えだろうその島はどこかの国の所有物なのか、あるいはBGの息が掛かった科学者たちの実験施設なのか。

 後者ならば人工衛星のレーダーや映像など簡単に乗っ取られとっくの昔から情報が入れ替えられている可能性だってあった。
 上陸する前に海に着水したドルフィン号から確認したその島には木々の隙間からはっきりとした建物が確認できる。

 一度潜水し、島の洞窟のような場所にドルフィン号を停泊させると008と009、004と007に分かれ、
 006と003がドルフィン号に残り後援分担し、わかれて調査する事になった。


「…?どうかしたかい?」

 分かれて出発しようとした008は、009が困ったようには胸のあたりを押えていた事に気が付いた。
「…いや、大丈夫」
 慌てて、顔を上げ、わずかに笑うとちゃんと「009」の顔になる。
 不意に後ろから誰かの視線を感じる。
 振り返ってもいるのは仲間だけだ。
 視線も振り返ったと同時に消えてしまったので気の所為だったのかもしれないがBGが壊滅していなかったわけだ。
 調査だけとは言え、油断は出来ない。

 何かあれば脳波通信で、とそういって二手に分かれ通路を進んだ009と008がたどり着いたのは資料室だった。

 だが、ずいぶん荒れ放題になっていた。

 今時珍しい紙媒体が散乱して、メディア媒体は破壊され読み取れそうなものや検索できそうなものはなかった。
  ずいぶん前にこの場所を捨てていったのか、残った磁器のせいか埃は大きな塊があちこちに転がり変色していた。

 その部屋に入った009や008の靴の後以外足跡はなく、振り返るとまるで小さく積もった雪のような足跡になっている。
 人の気配もなければ最近誰かが入った様子は皆無だ。

 床調べたくないなぁ、003とか006だったら発狂してるよと008がぼやいたのを009は笑った。
 
 ざっくり見た感じ外れだなと思っているところ009の様子が少し変わったことに気がつく。
 落ちていた資料の束を見下ろし、しばらくしてしゃがみんでその状態のまま散らばっている資料を見ていた。
「008、この資料持って帰れるかな」
 何枚かを拾い上げ 数枚でいいんだ、と追い縋る様に見てくる。
 そんなに重要なことが書かれているのかと思って009の手元を覗く。


 それと同時に007から救援信号を受けた。


 回線が入り乱れているのか、内容が飛び飛びだ。

 009と顔を見合わせ
「先に行け」

 009はうなずいたと同時にその姿が残像となって消えた。

 008は資料を何枚か拾い上げる。この際埃には目をつぶり009の後を追う。



 しかし、何歩か踏み出したあと一瞬、008はめまいを覚えた。
 立っていられなくなる。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。

 四つん這いになるのが精いっぱいだ。
 しかしそれすらも叶わない。
 



 何が起こったかわからないまま



  008は一瞬意識を失った。





 意識を失っていたのはどのくらいだったのか。
 1分なのか、5分なのか。10分だったのか。時計は装備していない。

 体を見える範囲で調べてみるものの特に異常は見られない。
 強いて言うなら、自分の倒れた形にほこりが舞い上がりいい感じに人拓ができたくらいだ。
 先ほどの意味とは違うめまいを覚えながら、つい今しがたのめまいを考える。不具合だろうか。
 しかし、007の救難信号を思い出し握りしめた資料を見て008は立ち上がり、009の後をおった。

 






 ただ。














 その場所は004と009の二人が この施設にいた敵と交戦したと思われる惨状があった。


 信号の位置を確認した場所のはずだった。どんなへやだったのかまったく分からない凄まじい残骸だった。



 施設の中でたぶん一番大きな部屋ではないだろうか。



 マイクロミサイルを使ったであろう爆撃痕。
 レーザーナイフを使ったであろう切断痕。マシンガンを使っただろう銃撃痕。
 すべて”使ったであろう”という推測なのは、それくらいしかまともな戦場痕が残っていないのだ。
 タイル床がひび割れ地盤がズレ盛り上がり器械という機械が壊れていた。
 機器の他には水槽のようなものがいくつも壊れていてその中には 何か被検体がいたのだろうがその姿はない。
 あるのは水槽が割れたガラスと不気味な赤い液体が部分部分に広がり散らばっている。
 009の加速装置を使った戦闘に巻き込まれたのだろう。
 しかし戦闘直後の割には人の気配が消えており異常な静まり方だった。そして 呆然と佇む007の姿を見つけ 駆け寄る途中。


 008は007を目指すの視線の先に一つの塊を見て 覚醒したのはほぼ奇跡だった。






 何があったのか呆けている007を揺すると力の抜けきった起き抜けのような顔で008を見て首を振った。


 言葉が出ない様子だった。


 008はあたりの気配を探る。
 戦闘直後には相応しくない静まった空間。
 もしかしたら敵が身を潜め息を殺しているのかと思ったがもしそうなら008がこの部屋にたどり着いた時点で既に仕留められている。
 あるいは今は様子見、だろうか。
 ただ放心状態にある007が無事だ。この場にいないと考えてもいいのだろうか。
 不意にドルフィン号を襲撃された可能性に慌てて脳波通信を送ると、小さく慌てた006の返答が返ってきた。

 脱出ルートが襲撃されたわけではなない。

 外に逃げたわけでないとするとやはりこの施設にまだ潜んでる可能性が高い。















 008は呆けている007を乱暴に揺さぶり、撤退を決断した

























































 ベットに寝返りをうって008は眉をひそめあのときのことを思い出す。
 あれから、無事に 日本のギルモア邸にもどり更に3日も経ち、自室に居ても、008は背中に不気味なものを
 張り付けたまま連れ帰ったしまったのではないだろうかと思わずに入られなかった。 

 それほど 不気味な 後味だけ残す撤退となったと思う。


 凄まじい戦場痕を008は 今も忘れられない。

 007が放心状態から覚醒したのはドルフィン号で006に臀部に火をつけられた時だった。

 さらに詳しく話を聞けたのが日本に戻ってから。
 それまではずっと003に周囲の警備を任せ、006と008とでドルフィン号を操縦していた。
 ようやく落ちついた007から聞き出せた話では
  008と009と別れたあと004,007はたぶんその施設で一番大きな部屋へと辿り付いたところだ。





 巨大な器械が部屋の中心に置かれていてそれそこはこれまでの部屋とは違い、どこからか電気も通じているようだった。
 他の通路から考えられないほど手入れが行き届いていた。
 ちゃんと起動しているのが分かる。
 水槽が何棟も並び立っておりその中には違う種類の動物が入っている一管に一体、その隣に同じ種類の動物、雌雄だろうか二体いる。
 薄気味悪い部屋だと004がこぼした。
 そして、わずかに何かが動いたと思った瞬間、何よりも早く反応して004と007は銃を構える。
 低くうなる様な地響き。
 ひんやりと冷えたはずの部屋が生ぬるい空気と瞬間的に入れ替わるような違和感。

 気持ちが悪い。

 そう理解し それが起こった原因地点へと目を向ける。

 白い影がふわりと開き何かを叫ぶ。

 男だ。

 白衣を着ているからこの施設の科学者だろうか。
 004が右手のマシンガンを構える
  がそれよりも早く それは起こった。



 地響きは足から上に上りあげ足に針が刺さっていくような痛みびりびりと冷えた手がいきなり熱いお湯につかった時のような感覚に似ているが



 その痛みは正に痺れるというより剣山で深く突き刺されるような痛み。
 その痛みは体を瞬く間に上りあがり頭へと響いた。
 その痛みは目が抉れるような痛み。

 すべてのそれが連動して 首から引きつるような痛みが体の動きを奪う。


 痛いなんて軽いものじゃない。

 脳を抉るような眼を抉るような舌を引き抜くような引っ張り出されるようなひどい火傷のような拷問。
何とか機械を止めようと思った、0012を思い出させた。
水槽が割れその中の動物たちが咆哮を上げこちらに向かって走ってくるのが見える。

こりゃまずい。

 銃を構えなおすも情けないことに手からこぼれる、拾い上げようとするも膝をついたらそのまま立ち上がれなくなる。

 004をとっさに見る。


 マシンガンを構え姿が見えるがその位置が少しおかしかった。

 彼も確かに痛みに耐えていた。体を燃える炎へと投げ込まれ 蟻地獄のような足場からもがくのに抜け出せないような、そんな苦しみ方だった。
 役者で脚本も書くのになんてチープな表現しかできないのだろう。目の前に起きている現実を見て007は嘆いた。

 自分の体が自分の姿を保てていない。
 007は自分の意志とは関係なしに体が勝手に分子を変化させ、様々な生き物にかわる。
 同時に今日の夕飯はなんだろうかと007はもはや現実逃避といえるくらい関係ないことを考える。
 そんな間も004は銃の標準を設定しているのかそれでもスローモーションで前方から007へと位置を変えていく。


 瞬きをする前に 目の前に 赤色と黄色い色彩が見えた。




 背中だ。




 仲間の背中だ。

 分かったのは瞬きをした後で、そのあとに甲高い音が一回だけ響く。
 何度、聞いただろう。
 その背中に深い罪悪感が義務的に叫ぶ。
 自分たちの中で最も力を寄せ集められた存在だ。

 安心感とともに いつも、その背中に酷い罪悪が芽生える。
 それでもどうしようもない頭痛に意識を手放した。

















 007が気を失っていたのはそんなに長い時間ではなかったと思う。



 だが、数秒、コンマ代の時間ですら命運を分けると言うのが戦場だ。
 実際、007は自分がいる場所が気を失う前の場所とまるで違っていた。
 部屋が広いことだけは一緒で、あとは機械という機械がほとんど壊れている。
 あたりには血だまりのような大きな赤色がところどころ散らばっている。
 もしも、自分のいる部屋が先ほどと同じ部屋だというならばこの血だまりは被検体のものだろう。


 …009がやったのか。


 しかし、009の性格から考えてこんな残酷くな戦い方はしないはずだった。
となれば戦いに巻き込まれたのだろう。実際009は007に気を使いながら戦ってくれたのは間違いない。
 でなかれば007もこの血だまりと同じ末路と辿っていただろう。
 ぞっとしながら007は恐る恐るあたりを見回す。
 009と004の姿、そしてあの地鳴りがする前に見た白衣の科学者だろう人物が見当たらない。
 009や004の名前を呼ぶが反応もない。しかし少しばかり部屋の奥に進む

 そして ツギハギのオモチャがバラバラになった後、適当に重ねられたように


 009と004は倒れていた。



 連れ帰った009と004は集中治療を受け、一足先に回復したのは004だった。



 どちらのけがも酷いものだったが 残酷性を感じる004のけがは見た目よりも致命傷に至るものは殆どなく、
どちらかといえば動きを封じるための体の損傷だった。

 マイクロミサイルを出せなくするためやレーザーナイフ、スーパーがんを使用できなくするための
両手をプレスされている。
 どの程度まで004の意識があったのかは定かではなかったが意識がある状態で一か所ずつ弄ばれるようにちぎられたり両手をつぶされたのだとしたら…。
 屈辱というレベルを超え蹂躙や凌辱とすらいえる。
 そして、 回復した004の記憶ですらも007と大差ない所で終わっていた。
 彼がわかるのは007とともにあの部屋に入り地鳴りがしたところまでで 未だ あの戦場は謎に包まれたままだ。
 唯一の手掛かりといえば 009の要望で回収した 紙媒体の資料数枚だ。



 役に立つだろうかと ギルモアに差し出したところ 彼は顔色を変えた。


 しかしその時は008はそれがいったい何なのかを知ることもできない。
 ただ、持ち帰る際に008はたった一文字、そのコードを見ていた。

















 [CODE-IN "ZERO-"]













 008は あのまま眠ることもできないまま朝を迎えリビングへと向かうと重い空気が部屋に漂っていた。


 入ることを体が拒否していたが頭が必死に説得をしていた。
 体を叱咤し一歩入り込んだ先には 最近、朝は真っ先に処置室に入り浸っている004が
珍しくソファに腰かけ新聞を広げていた。
 その馴染んだ姿を再び目の当たりにして反射的に009が目覚めたことがわかってとっさに探す。
「00ナ…」
 と声をかけ一歩部屋に這いこんだ瞬間 異常なまでの殺気が部屋から体に押し流れてきた。
 その気配のせいで009の名前を呼ぶことができない。

 そしてその殺気の出所を察知する。
(あ、よこの この人からだ…。)

 004である。

 部屋の空気は彼が原因ですさまじいほどの殺気を漂わせていた。

 しかしその殺気は矛先を何処に向けていいかわからない様子で何か物が動いては
殺気がその方向へと向き、何かが動いては視線を追うように殺気が動く。
 008は立ち止まるほかなかった。 


 動けば マシンガンを撃ち込まれる…。


 それくらいの圧力を感じた。
 ふと009を見るとその009は部屋の外に飛び出てる。 

(部屋にすら入ってなかった・・・!!)

 なに?喧嘩でもしたの?この二人が?こんな距離を開けるほどの喧嘩を?
 しかも 起き抜けだろう彼と一体何をそんな口論に?
 かなり異常だ。
(っていうか君はもっと近こう寄れ!!)

 普段言葉の扱いには気を付ける008だがこの時ばかりは乱雑な言葉で突っ込みを入れた。
 あまりにも重い空気に008はただただ007の存在を願うだけだった。







 状況の説明は ギルモアがリビングに来てからの話だった。



 昨日の時点で既にギルモアは004にたたき起こされたようだ。
 いまでこそ見た目には相当冷静を装っているが内心かなり動揺しているのだろう。
 それまでは一切004は口を開かず、また009はいたたまれない様子だった。


 「006、007、003、001・・・」


 順々にその場にいる仲間たちの番号を挙げていく。そして008と004の名前も。
「005と002のことは?」
 ギルモアがこの場にいない二人のことを尋ねると、009はわかります。と返事を返す。

「……記憶がないことは、問題でしょうか」
 おずおずと009が呟く。
「この人たちの事はわかります。自分がサイボーグであることも。BGの事も…」
 ある意味正しい反応だ。
 すべて忘れているわけではない。
 009は仲間のことがわからないわけでもないし、自分がサイボーグであることも知っている。
 大まかな話から009の記憶はどうやらBGから脱出してコズミの元へ一時的に匿って貰った頃のまでのようで、
 それ以降の0010、0011、0012、0013などのBGからの刺客の記憶はない。
 もちろん、3日前の出来事もだ。
 ムアンバのことも、スカールを倒したことも、ミュートスたちのことも、機械都市の出来事も、未来でのことも。
「その点では問題はない、しかし原因がわからないということは、今後、今の記憶がさらに失う可能性もある。勿論、その逆もあり得るわけだが……」
 009は息をのむ。
 そして明らかに動揺しているのは誰もがわかった。

「…おっしゃる通りです…軽率なことを…。すみません……」

 原因として 一番に考えられるのは、三日前の施設の出来事だ。
 あの電磁波に関係があるのかもしれない。
 007も気を失っていたが実際はその状況を目の当たりに敷いたがその電磁波によって記憶が飛んでしまっていたのかもしれない。
だから004も重傷を負いその時のことを覚えてないとするなら納得がいく。
 あるいは 二人とも戦闘による負傷のショックで一時の健忘の可能性がある。
 部分的な健忘とは言え範囲が中途半端な期間だ。
  不幸中の幸いといえば、009がすべての記憶を失っていないということだろう。

 考えてみるが、本当にそれですまされるのか。

 サイボーグであることを忘れているわけではないすべてを忘れているわけでもない。
 となれば残るは001が彼ら二人の記憶を読み取るほかないわけだが、その001は眠りの時間だ。
 ギルモアは言ってはみるものの、単純に戦闘での衝撃が脳の一部にショックを与えてるに過ぎないと考えている。

 たとえそうであったとしても、それがいったいいつどんな形で戻るのかは誰にもわからない。

「すまん、一番不安なのは君だった」

 008は009の右目の包帯を見る。

 傷が痛むのか時々顔をゆがめている。こうやって平然と009は壁に寄りかかり話しているが実際に彼の戦闘による負傷はひどいものだった。
 だから、目が覚めるのももっと後だとギルモアも踏んでいた。
 にも拘らず、009は予想よりも早く目が覚めた。
 さすがは009というべきなのかもしれないが、彼が最新型だと認証されていたのは彼が”009”になったばかりの話だ。
 その後の0010から0013まで相次ぐサイボーグの開発に、当時最新型だった彼はPCのwindows98あたりのレベルにまで下がっている。
 008はそっと009の怪我の具合を見る。
 今はもう009の体に傷など見受けられない。
 はっきりと戦闘の痕跡を主張しているのは、今も右目を覆う包帯位だ。


 眼球が完全に潰れていた。


 本来なら009はすぐにでも新しい眼を潰れてしまった箇所へ入れるものだが、今回ばかりは少し様子が違うらしい。

「電磁波についてはどうなってます?」

 未だニュースで取り沙汰されているが一向にしっぽがつかめないとキャスターや専門家たちは話をしている。
 実際問題、調査に向かっただけのはずなのに結果的には一歩間違えれば壊滅情状態になった。
 この問題は簡単には決着がつかないだろう。もう一度調べるにしろ、それなりの準備がいる。
 そして005と002に連絡をして人数もそろえる必要がある。
 BGの一味なのか、はたまた別の何かなのか。

「その電磁波を位置を特定する装置を作って、それに影響を受けないような装置を作っておる」
 004の聞く限り、思い出されるのは009とともに訪れたドイツのローレライの事件だ。

「何とかなりますか」
「する他ない。001が目覚めればもっと早く終わるだろうが、少し時間がかかるだろう」

 ギルモアの助手として今回処置室に入っていた008はギルモアのどうも煮え切らない様子に違和感を感じていた。
 サイボーグメンバーを治療してきたギルモアにはもっと単純な可能性が頭をかすめ続けているような気さえする。
 なのに、なにかしらの理由でそれを口に出すことを恐れているような・・・。

 しかしいくらたずねてもギルモアが口を開くことは無かったし、それを誰にも漏らしはしなかった。
 009の傷に そのヒントが隠れている。

 008はそう踏んでいた。
 もしも、001が起きていたのであれば間違いなく心を読まれていただろう。
 だが彼は眠りの中だ。





 そして008は本当は001に心を読んでほしかっただろうギルモアの様子を察することは出来なかった。



 解決策を考えるうえでというよりも、誰かに胸の内を聞いてほしいことのほうが大きいその気持ちを。


「ひとまず、君は怪我の具合がもう少しよくなるまで安静にしていなさい」


 ギルモアが009を見据え、ぽつりと言った。


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 目を開けて右を見て左を見る。

 ここ最近目が覚める度場所が変わっているからだった。

 机があってチェストがあって窓がある。
 時計がベットのすぐ近くにある。その横には卓上カレンダーも。時計の針はAM:4:00を刺して、
 寝返りを打つ。

 やはり知らない部屋だった。

 この部屋が009の部屋になってそろそろ2年になるらしい。
 浜辺に建てられたこのコテージは見た目よりもずっと面積が広い。
 高さがないが長屋のような作りと地下の処置室のおかげで随分と広い。
 窓から見える景色にはまた空から大粒の雪。
 室温も外気温も低いのだけはわかるのに寒さを感じない。
 サイボーグだからなのか思ったよりも体感温度が低くないのか、その差ははっきりしない。
 再び目を閉じて思い出す

  ふと目が覚めた直後、 呼ばれた 番号以外の名前の声色。

 記憶とは違う棘の抜けた仲間の空気。

 思い出すと何となくむずがゆくなって居心地悪くその時のことを頭から振り払おうと目を開く。
 薄暗い部屋の中机の引き出しに目がいく。

 じっくりと見ると斜めに焦げ跡が見える。
 不自然な焦げ跡だった。
 火を使ったのだろうか。しかし、記憶のある中で009はたばこは吸っていない。
 第一日常的に吸えば匂いが染みついているはず。
 ではなんだろう。

 思いつくものなどない。

 中にあったものが燃えたのだろうか。
 ベットから手を伸ばし、引き出しの取っ手を掴む。

 しかしどうしてもその引き出しを引き出すことはできず、結局手を放して、再びベットで
目を閉じた。






 to beーーーーーーーーーーーnext→3