青年は佇んでいた。

 薄暗い部屋の 天井や目の前には数々のモニターがある。
 まるで彼を見下ろす為に取り付けられたようにすら感じる。
 部屋の電気はついておらず、モニターの明かりだけで部屋が見渡せた。
 映像のその一部に、彼の知っている人物たちが映っている。
 赤色の防護服を着て黄色のマフラーをして。
 青年には、それがどうしても、現実に思えなかった。
 そもそも、何もかもが青年の自覚など待ってはくれない。
 そんな必要はない。
 自覚があっても無くても、現実は動く。  そうやっている間に、青年は流される。
 大切なものを
 彼らは口々に何かを叫んで、白と赤二色の大きな潜水艦のようなものに乗り込むのが見えた。
 何秒か後に、その機体は水面へと潜り込み、その姿を消す。
 さらに数秒後に機体があった場所に大きな岩の塊が落ちてくる
 瞬きもしない間に、機体のあった洞窟のようなその場所の壁に亀裂が生じ、盛り上がり壁の一部が
モニターに向かって飛んできた。
 わずかにモニターからその一部はそれたようだが次の瞬間には画面が激しく揺れて光りに包み込まれた、
 白くなった画面は砂嵐を巻き起こし、映していた映像を戻すことなく砂嵐を続けた。


モニターから少し視線を下ろしていくと、正面には背の高い男がモニターに背を向けて
青年を見ている。
 その姿は彼が知る仲間によく似ている。
 同一と言っても過言ではないかもしれないがどうあっても青年には
 男が仲間と同一人物だという断言はできなかった。
 青年の知る男の時々浮かべる笑みは目の前の男が浮かべる笑みとは何かが一致しない。
 違和感の所為か、男への不信感の所為かあるいは、男の後ろから放つモニターの光の所為か、
 その浮かべる笑みには  うっすらと嗜虐性を感じて どこか 歪に見えた。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「007 、下がってろ」
004 はレーザーナイフを起動させ、扉から離れた 007 を確認すると扉の切り倒す。


 想像以上に大きな音を立てながら倒れた扉を乗り越えて、廊下に出ると
暗かった廊下には頭上のライトが付いて、そしてまた消えてを繰り返している。
<<…00 、…今……が >>
 相変わらず、脳波通信にノイズが入って 008 たちとの通信がうまくいかない。  耳を澄ます。
003 ほどの聴力はないが、仲間たちの足音も、侵入者対策のロボットの足音も聞こえない。
警備用のロボットが存在するならば侵入者である 004 たちの位置を把握し、駆けつけてくるはずだ。

天井を見上げても、防犯カメラのようなものもない。
 元々 BG の施設だ、簡単に発見されるような場所にカメラなど設置しないだろうが。

 二手に分かれたもう片方の通路に足を踏み出した途端、再び、 004 たちの居る廊下のライトが落ちる。
 暗闇の中でも 004 には狙撃用の暗視スコープが装備されていて多少なりともあたりが視えた。
 その数秒後、地面が揺れる。
「うぉうう!」
007 は近くにいた 006 にぶつかり二人は転がった。 <003 !どうなってる!? >
しかし、 004 の通信に返答はない。ノイズ音が続くばかりだ。  続いて、再び何度が地面が揺れる。
<<004 !そこを左に曲がって直線 100 m先まで進んで >>
 ようやくつながった 003 の通信は一方的だ。
<<… それはどこにつながってるんだ >> << いいから早くそこへ行って! >>
004 に対して珍しく焦った様子の 003 に何が何やらわからないまま 004 は 007 の首根っこと 006 を捕まえて進んでいく。
<< 鉄格子で囲った換気扇ファンがあるの >>
 たしかに幅の狭い格子が何層かに組み合わされてはいる。その隙間から奥を覗いてみるが caution という文字は見えるが
ファンのようなものは見えない。
<< どこにファンがあるって? >> << 壁の向こうよ! >>
<< それがどうしたって言うんだ >>

<< ぶった切って!早く! >>





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――































  002 は目を何度か瞬いた。
 電気が通ったようで部屋が明るくなった。
 この施設に調査に来たメンバーのだれかが付けたものなのか。それとも… ;


 部屋は白く、思っていたよりもずっと広かった。
 後ろを振り向くと 002 が下りてきたエレベーターの入り口があるが、部屋に対して不自然なほど小さい
002 が真正面を見ると暗闇でのモノ当てクイズの答えは ほぼ正解と言えた。

予想通りの形だ。

 冷凍睡眠用の装置―――――――に似ている。



 サイボーグ計画の凍結、保存のための機械―――――――――
  001 が言っていたことを 002 は思い出す。
 第一世代と呼ばれる 001 から 004 までのサイボーグとしての改造の基本は、
 改造後による能力の実験や検査もあるが、それ以上に、不具合と拒絶反応の検査や実験が大きい、と。
 それを考えながら 002 は当時の様々な状況を思い出す。
 間違いなく模擬戦も数えきれないほど行った。  その際に 002 は膝から下が爆発や分解や分離してそのまま落下など当たり前の話だった。

 正直、 BG に連れ去られ、改造されたときから、 002 たちの命の保証などない。
 命があるだけマシだったのか、死んだ方がマシだったのか、今でも誰にも分らない状態だ。

 部屋の中心から大きくずれて壁に近い場所に設置された機械を見てそんなことを思い出した。
 そして、 003 の言っていた防護服を着た人物が壁に寄り掛かっているのを発見する。
 座っている場所から考えて、水槽に入っていたのはこいつだろう。

<<002 、大丈夫? >>
 脳波通信で 003 が語り掛けてくる。
 コードに足を取られ鼻を打ち付けた時の様子とはさすがに違う。
視えているだろうから手だけを上げる。

<<003 、こいつか >>
  002 の問いかけに 003 は沈黙している。
003 が 002 に見てほしかったものはたぶん、この水槽とこの防護服を着た人物だ。
緑色の防護服だ。


002 たちの知らないところで、別のサイボーグが作られていたのだろうか
緑色の防護服は、 002 たちが冷凍睡眠に入る前の仕様だ。

 銃を構えて足元のコードに気を付けながらその人物に近づく。
 コードと一体化して気が付かなかったが、座り込んでいるその人物の右手に違和感とデジャブを感じる。
 いや、右手だけではないが、全体的に違和感を感じる。
 頭部は外装などお構いなしに機械部が露出していてコードが体のところどころから出ている。
 一般人ならまず開発途中かなにかのロボットだと思うだろう。
 ただ、 人間の顔に位置する場所に口や鼻、目もあるが、肝心の顔面の外装は剥がれているため、
どんな顔なのか想像がつかない。
 勿論、性別も判断できず、大体の器官らしい場所すべてにコードが垂れ下がっていた。



 銃を下すことなく、 防護服の人物を覗き込むと 頭部のすべては機械で覆いつくされているのに
開かれたまま眼が妙に生々しい所為で 002 は不気味に感じた。
 まるで顔面の皮膚を剥がされ、目だけが無事だった人間のようだ。
 いや、その眼も、無事だと言えないだろう。
 片方はブルーグレー、もう片方は深い赤色をした色違いの瞳に、 002 は舌打ちをした。





 動き出す様子はないが、銃を突きつけたままゆっくりと後ずさりして眼だけで部屋全体を見渡す。

 確かに足元にコードが散乱して足の踏み場もない状態だが、 002 の立つ場所から何メートルか先には
 コードがかぎ分けられ、何かが置いてあった様な不自然な空間がある。
 ミステリーサークルのようだ。
 視線の先にコールドスリープのような水槽が二つ。

 その両方とも割れて、そのうちの一人は、この目の前の人物なのだろうか。
















  ならば、


















 もう一人は?






















 ぎくりと 背筋に寒気が走り 部屋全体を見渡していた視線を正面へと戻した。
 気配は 感じない。


 ましてや、そんな人物がいれば、003が教えてくれるはずだ。


<<003>>


<<…0… 、今、 00… から… >>
 脳波通信で酷いノイズが入る。これでも一応ギルモアが電磁波対策を用意してくれてはいるのだが
 それでもこの様だ。
よほど強力なのだろう。



 この場所が世界で起きてる機器の不具合の原因なら、片っ端から機械を壊すのが手っ取り早い。
 
  009がいれば、乱暴だ思うなぁ、と呟くかもしれないな、と思って 002 は思わず笑う。
 記憶を失っても 009は 009のままであるだろうが、それでも 002 の知る 009 とはわずかにずれがある。
 あいつ、目が覚めただろうかと場違いなことを考える。


 記憶のある、 002 の知る 009 を思い出す。
 糸を抜いたような笑う顔が一番に出てくる。
 ほかのメンツがいなくて不安になっているのだろうか、それとも安堵しているだろうか。
 久々に会った 009 の様子に腹が立って空中で手を離してしまったが今更ながら悪かったなと思った。
 そうは思っても 002 は素直に謝れない。
 何故かはわからないが、謝れない。
 仕方ないから 002 の一番おすすめの CD やらゲームを貸すのが精一杯だ。ため息をついた。
 今は目の前のことに集中しよう、と気持ちを切り替える。
 くるりとあたりをもう一度見直す。
気になることと言えば 今の今までこの施設は電気が通っていない状態だ。
 機械が動いていない研究所が今、世界の問題になっている電磁波に関係していたとは思えない。
 エレベーターですら動いていなかったのに。
 本拠地は別にあるのか。
 仲間になっていたかもしれない目の前の人物を見下ろしながら、やはり銃を構えたまま 002 は考える。




 電磁波の原因が、別の場所に本拠地があるにしろ、この場所が BG の基地であることは一目瞭然だ。
 
「いったん、上に戻るか……、エレベーター…あれ、使えねぇだろうな」
 振り返ってエレベーターを見る。見るからに扉がへしゃけている。
 電気の通じていない扉を開くために無理やり足のジェットを使ってこじ開けたのだ。
 ほかのメンバーに確認のため降りてもらおうにも、壊れているだろうから使えない。
 精々、 007 が変身して 006 を連れて同行するのが関の山だ。
 口うるさく 004 が耳元で怒鳴る姿が浮かび上がるものの、やってしまったものは仕方がない。
 こういうのは切り替えが大切だ。
 うん、と一人心で頷きなっとくして 銃を下ろすと エレベーターに向かって歩き出す。












<<002!!うしろ!! >>



 振り返った 002 の目の前を、閃光が 一直線に伸びた。












\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\




 部屋だけでなくあらゆる機器が通電したらしく制御機器にも電気が通り、電子パネルが光る。
 通電したにもかかわらず、脳波通信はノイズが入る。逆に酷くなったようにすら感じる。
 なのに視界だけははっきりとしていた。
 同時に、 002 が下りて行った拾い実験施設への映像は超視覚のない008たちにもわかるように、なぜか自動的に
モニターに映し出された。
「 003 、 005!」
  008の呼びかけで複数あるうちのモニターの一つに002 がエレベーターを背に緑色の防護服を着用した”人物”と対峙しているのが
映し出されていた。
 人物と断言するにはいささか疑問が残る形状ではある。
 頭部の外装、顔面の表層は剥がれていて機械部がむき出しなのがわかる。
  003 が視えた映像は 002 の背後に座り込んでいた過去の防護服を着用した”人物”が立ち上がり 002 目がけて手刀を
繰り出したまでだったため、 002 の無事に安堵するが事態が改善しているわけではない。
 コードが邪魔なのか、体に巻き付きながら突き刺さっているそれらを引き千切るような動きが見えた。
 そのコードのおかげで 002への数歩が繰り出せなかったのだろう、いくら加速装置を使ってもその差は大きい。 
 それでも相手の戦闘値が不明のままだ。
「 004 たちに応援を…」
  003 が 004 に向けて通信回路を開くが、通信が相手に届いているのかわからない。ノイズが入る。
 モニターを見下ろし、操作パネルなどを見回し 008 は何か手段はないかと探している。
  005 は002が下りて行ったエレベーターの昇降路の入り口からその下を覗いている。 
 応援に向かおうにも唯一下に降りる手段のエレベーターは下に行ったままの上、 002 のジェットエンジンで扉ごと
ボックス全体がゆがんでいる。
「003 下に向かう手段か通路か何か分からないか」
 008に尋ねられるが 003は首を振る。
 電波の所為か何も確認ができない。
 純粋にモニターの向きを変えて下の実験室にほかの通路がないかを探るのが関の山だ。


  007ならメンバー一人を連れて降りれる可能性もある。ただ、後の事を考えるとそれが最善かを判断はできない。
  003は唇をかむ。自分が 002 を下の施設に送り出したのが原因だ。
 




 それでも。






  003 はモニターを見つめる。


 
 「過去の自分たち」を助けられるかもしれない。
 そんな気がしたから――――――――――――――――













―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


















 反射で加速装置を使い青い光のようなものを避けた 002 の鼻先はちりちりと痛む。
 
 
 よくぞ加速装置が起動してくれたものだ。
003 との脳波通信にノイズが混じるので加速装置が使えない可能性に思い至って
002 はひやりとした。


 


 前方を見ると先ほどまで座り込んでいたロボットなのか元人間なのか判断のつかない人物はコードにつながれたまま
 腰を落とし、左手を前に突き出し構えを取っている。


  002 に向けて突き出しているその左手の小指から手首にかけて青白い光りがうっすらと見える。
 その光の所為でで 002 には目の前の「人物」が004 と同じレーザーナイフを左手に仕込まれて
同じ構えをとっているように見えた。
 
 トレードマークであると言える鼻が仲間と同じレーザーナイフでそぎ落とされたとあってはいい笑いものだ。
 


  004 のレーザーナイフのベースになっている被検体だろうか。 


 緑色の防護服を着ているのだ。可能性はある。
 各人が一つの能力に特化したサイボーグメンバーの中で  004 は体全てに武器を装備したサイボーグだ。
 同じ第一世代の 002 や 003と少し違ったタイプのサイボーグで 
 同時に、 009 と少し似たタイプの改造をされている。
 
  009 以前の00 メンバーのノウハウが 009 に組み込まれているように
  004 の為に別の被験者が存在したって不思議はない。
 且、 002 にも 003 にも同じように別のだれかをベースにして自分たちが誕生した可能性もあるということだ。
 にも関わらず、 002 たちはこの目の前の「誰か」の存在を知ることはなく、コールドスリープして現代にやってきた。


 この目の前の「誰か」は、現代にきても 人知れず実験を繰り返されてきたのだろうか。
 そんな考えが過った瞬間、 002 の胸の奥に整理しきれない感情が滲んでくる。


  002 は頭を振った。


 情に流されるな。


 自分の性分じゃないはずだ。



  002 はスーパーガンを構えなおす。
  004 と同じようにレーザーナイフ以外に武器を装備しているのか、あるいは 005 の様に腕力に強いのか
  008 のように身軽なのか、 003 の様に透視能力などがあるのか、 006 の様に火でも吐くのか
 一体誰のベース被験者なのか。或いはまた別の特殊能力を持つサイボーグなのか。



 様々な考えが過る。
 情に流されなくても情報不足に惑わされそうだ。


 ひとつの空間に飛び込められて戦う状況など、まるで BG の模擬戦を思い出させる。




 あの時は一体何を考えながら戦っていただろうか。
 一瞬を生き残ったとしても、次どうなのかなんて決まっていなかった。




 目の前でほかの被験者が機械に処分される瞬間だって見た。
 その様子を透視能力や聴覚の調整と言ってわざわざ 003 に見せたり聞かせていたことだってあった。



 今も遠隔的にどこかの科学者がこの状況をせせら笑っているのだとすると 002 は胸糞が悪くなる。

 怒りが込み上げてくる。

 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
002 は必死に言い聞かせる。
 目の前の「人物」が BG の被験者でも開発された敵ならば、この場で何とかする。
 だから。

 一刻も早く ケリをつける。




  002 はスーパーガンを握り直し、ジェットエンジンを噴射させる。
 ほぼ同時に加速装置のスイッチも入れる。
 加速装置は 009 より幾分か劣るものでも、ジェットエンジンはマッハ5のスピードが出る。


 一瞬にして臨戦態勢の相手に近づく。
 通電が理由で目の前の被験者が動き出したのなら コードから引き離せば止まる。


 さらに、地面を蹴って相手の背後に回りコードを引き抜こうとした瞬間。


 相手も 同じタイミングで 002 を振りかえり、レーザーナイフを振りかぶる。
 思わず足のジェット噴射を弱めそうになるがそのまま強引に片足を持ち上げ僅かにエンジンを弱めながら相手の顔面を
エンジン噴射させたままの靴裏で蹴り飛ばした。
 噴射を直接食らった衝撃でコードが千切れ 色違いの防護服の被験者は何メートルも吹っ飛び、何回か地面に回転しながら
叩きつけられて勢いがなくなったところで止まり倒れた。
002 はジェットエンジンを一度切り、 002 は地面に立った。
「こいつ、加速装置使ったのか…?」
 でなければ加速装置を入れた 002 のタイミングに合わせられるはずない。
「加速装置の、ベースサイボーグ…?」
  002 よりもさらに旧式なのか 僅かなテンポにズレがあり、そのおかげで
ぎりぎりレーザーナイフを避けることができた。でなければ今頃、鼻どころか顔面が真っ二つだったはず。
 わずかに息をはいて、相手を観察する。
 被験者は 002 の足のジェットエンジンをもろに食らった。


 しかし、衝撃に強いのか、ふらつきながらも、足元はしっかりとしていて今度は右手を前に構えた。



「ほかの奴には相手させられねぇよ」 


 特に 003 や 004 には。



 相手がしゃべるわけではないが、脳波通信がノイズで殆ど使えない所為で思わず一人言が多くなる。
 仮に脳波通信が通じても 003 やほかの面々が言うことと言えば 撤退の一言だろうが。




 レーザーナイフに旧式の加速装置。
 まるで  004 と 009 を足して 2 で割った・・・。いや

どちらかといえば、旧式の加速装置なら自分に近いか・・・と思い直す。
  009 のコンプレックスと嫌悪感を混ぜる言葉を使うなら
 あいのこ、あるいは「ハーフ」もしくは「ミックス」だろう。
 眼球もちょうどいいというか何と言うか、片方はブルーグレーの瞳、もう片方は赤い眼。




「これで、空飛べるとか言ったら、ぶち切れんぞ!!」
 再び、 002 がジェットエンジンを入れ地面をける。




 吹き飛ばしたとはいえ、大した距離ではない。一瞬で被験者にたどり着くその瞬間。




 膝からマイクロミサイルを相手は放つ。
「うおっ!」
 思わず、エンジンを切り。体のバランスを崩しながらも今度は加速装置のスイッチを入れる。




 世界が沈む。
 体が重いような軽いような不思議な感覚。


 加速装置でミサイルの動きがゆっくりにみえる。


 
 


 体勢は崩れていても、加速装置が入っている為容易に避けられた。
 そして、避けたと同時にミックスされた被験者は 002 の目の前まで来て、既にレーザーナイフを構えていた。






 思考が一瞬遅れた。








 本来加速装置には適度な軽量化が求められる装置だ。
 それなのに、どうして 004 のモデルタイプらしいサイボーグに、
002 よりレベル数が低いとはいえ加速装置がつけられているのか。



 ああ、もう…ひどい話だ。



  002 は、攻撃を避けて、次の一手に踏み出すよりも、
 ぼんやりと 繰り出されるレーザーナイフを眺めてそんなことを考えた瞬間。




 これまで明るかった部屋の照明が落ちた。
 それが逆に 002 の意識を呼び戻し、咄嗟に横に体をずらした。








 左側の肩に言い知れぬ激痛が走る。
 ジェットエンジンの速さを持続させたまま、暗闇の中 002 は壁に激突し、弾かれ、地面へと落ち
 あちらこちらにぶつかり転がりコードらしきものを巻きつけながらようやく勢いが弱まり止まった。
 




「…うっ…」
 暗闇で倒れ込んでいるにも関わらず、目が回り続ける感覚に、


<-------- レ、ロ >










 脳波通信が頭に届いた。









「…は?」






 仲間のモノではない。


















<――――――――――― 逃ゲロ >
<――――――― 離レロ >


<――――――――――― 逃ゲロ >
<――――――― 離レロ >
<――――――――――― 逃ゲロ >




 暗闇の中で通信する言葉がコダマする。
 脳波通信は基本、耳から聞こえる音と違って、聞こえる方向みたいなものが判断できない。
 「声」も周波数の受信レベルで誰の声かを判断するので、受信状況が良ければだれから、と判断できるが
今現時点では誰からの通信なのかもはっきりしない。
 
 激痛に耐えつつ、暗闇の中、 002 は体を起こそうとする。




<--------------------- 立ツナ >
<--------- 起キルナ >
<――――――― 離レロ >
<--------------------- 立ツナ >
<--------- 起キルナ >
<--------------------- 立ツナ >
<――――――――――― 逃ゲロ >
<--------- 起キルナ >
<――――――― 離レロ >
<--------------------- 立ツナ >
<--------- 起キルナ >
<――――――――――― 逃ゲロ >
<--------------------- 立ツナ >
<--------- 起キルナ >


<--------------------- 立ツナ >
<--------- 起キルナ >


「言ってること…無茶苦茶だな、おい」
 立って起き上がらなければ、 002 はこの場から離れることも逃げることもできない。


< ジェッ、ト、エンジン… >
呟かれた単語に、思わず 002 は意識を集中させた。
 暗闇の中に敵と判断していい相手がいて、本来ならその相手に全神経を収集させなくてはいけないのに。
< ニ時…向… 3 、 00 メートル先 >
 前も後ろもわからない中壁にぶつかり、彼方此方転がったせいで、完全に方向を見失った 002 に大まかな方向を告げられる。


< 上、 排出、口 >
 この部屋からの脱出ルートだろうか。


<120X150…>


 排出口のサイズだろうか。それなら割と狭い。




<――――――――――― 逃ゲロ >
<――――――― 離レロ >
<――――――――――― 逃ゲロ >






 相手の言っている、真っ暗闇の中のアバウト方向だ。
 正確に飛行できるとしても、そのサイズをぶつからずに入っていくのは簡単な話ではない。
一歩間違えれば、衝突する。
 そのうえ、暗闇の中でジェットエンジンをつけるということは、闇に紛れている敵に自分の位置を教えているようなものだ。
 ミサイルを撃ち込まれ、再び、レーザーナイフか、追いミサイルを食らったら一たまりもない。




 けれど。


<――――――――――― 逃ゲロ >
<――――――― 離レロ >
<――――――――――― 逃ゲロ >
 肩にゆっくりと触れると激痛が走る。


 声が出ないほどの痛みに、蹲る。電磁波の状況が悪くなければ 003 が今の状況を見ているかもしれないが。


 そう考えて、
< ニ時…向… 3 、 00 メートル先 >
 そんな状況で、 002 に通信を送ってきているのは一体、どこの誰だろうと、考える。
  001 なら、テレパシーで通信状態関係なしに、 002 に語り掛けてくる。
 だが、その 001 は今いない。


< 上、 排出、口 >


  002 たちの通信は媒体や拠点を使って行っているものではない。
 ましてや、電波状況が悪い今、 003 との通信もままならない。
 となれば…。


  002 は黒い空間の先を見つめる。
( 2 時方向 300 メートル天井、排出口、 120 センチ X150 センチ幅…けど)
 脳波通信から送られてくる情報を信じるとしても、その排出口の目的用途によっては
そこから先が直進できる保証はない。
 通路がうねっていたり角度のある形状になってたり、
 挙句の果てには、あと一歩の出口で格子状、マス目形状のレーザーナイフが
待っていていようものなら、 馬鹿みたいに直線で飛んで行く 002 はどちらにせよ
 この部屋でバラバラになるか、部屋を出る途中、あるいは出口付近で角型にばらけるか状況だ。


 そのうえで、排出口までの 大まかな距離を考える。


 
( 300 メートル先か…中途半端な距離だな)






 一つの考えが、 002 の気分をさらに悪くさせる。  
  BG のやり方なんて知っている。今更だ。








 手に何かぬるりとしたものを感じる。
 明るい所で見たい状態にはなってないだろうな。
  BG にいた時代はもっと酷い状態ではあった。それに比べたらマシなほうだ。
 


 立ち上がり


< 上、 排出、口 >


「俺は不死身の 002 だ」




 前を向く。




  NY に戻ったころ、懐いてきた子供に告げていた物語のヒーローを口にする。


<300>


「こんなところで死ぬわけねぇだろ」


< 先、上 >


  002 はジェットエンジンを噴射させ、飛び上がる。
 同時に 目の奥に速度計や、距離計測器が表示される。


 速度計や計測器は、あくまで現時点の飛行し終わった距離や飛行状況速度を知らせる目安であって、
目的地までの正確な距離や速度を示すものではない。









 ゴゥッ









 青白い光が 002 を追ってくる。


 ミサイルを打ってくる所を見ると、相手は飛行しないと判断する。
 
 
 加速装置を入れ、方向転換をしてその光を見送り、ミサイルが天井にぶち当たり激しい風を巻き起こす。
その爆発に巻き込まれないように、しかしできうる限り、ぶち当たったその光の先を見届ける。
 ミサイルで天井が壊れることもなかった。強い材質を使っているためか、 002 が望むように排出口の入り口を
広げてくれる期待ははずれた。
 加速装置が入ってるため、爆発に巻き込まれる事はないが、排出口の位置の確認まではできない。
 かと言って 地面へと降りれば、同じ加速装置を使った被験者が待っている。
 加速装置を入れたまま、飛行する。
 
 再び、ミサイルが 002 を追う。
 今度は止まることなく、飛行をし続け、回転して、方向転換し、ミサイルをすれすれで避ける。
 さらにミサイルが追加で発射されたのか、 002 の目の前にミサイルが飛んできている。
「勘弁しろよ」


<――――――――――― 逃ゲロ >
<――――――― 離レロ >
<――――――――――― 逃ゲロ >


 そんな中でも、 002 の頭の中に、そんな声がこだまする。


 レーザーナイフで切られたところが加速装置と飛行速度の所為で激痛が走り軋む。
 
 後ろで、ミサイルが爆発する。
 加速世界の中で、ゆっくりと飛び散る火花が、出口を照らす。
 正面から向かってくるミサイルをすれすれで避け、
 出口の縁に手をかけ、ジェットエンジンで勢いのついたスピードをさらに逆噴射させ、
壁を上り走るように駆けあがると、




<< 出たぞ!コンチクショウ! >>


 とコダマしていた脳波通信先に逆送信した。




 すると。



























< 起動 >









 わずかな、安堵したようなため息の後、その言葉が 002 の脳内で呟かれると、
002 の後ろから さらに衝撃が追いかけ、その勢いに押し出されそのまま、数秒後、何かにぶつかり  002 の意識は暗転した。









------------------------------------------------------------


















  003 の注意喚起とともに、通路を壁代わりにしてぴったりと張り付いていると、
轟音、爆風とともに 004 たちの目の前にボロボロの 002 が転がり出てきた。


「…え、マジ?どういうこと?」




  007 は状況に追いついていない。
<< 早くその場所を離れろ! >>
間もなくして冷静なはずの 008 の焦った声が脳内に届く。
<< 一体何だ >>
 完全に意識が飛んでいる 002 を 007 と 004 は支えながら 008 に尋ねる。
<< 上がってくるんだよ…! >>
<<… 何が? >>
 言い終わる前に、再び、轟音と爆風が巻き起こり、 002 を支えていた 004 と 007 、 006 が弾かれる。
 耐えきれず吹き飛ばされて床に 002 ごと、転がり込む。
「ひょーーーーーー!」 
  006 の何処か抜けた声を聴きながら、何とか 002 を支えながら立ち上がった 007 は 008 に尋ねる。
<< まだまだ、くるから、早く離れろ! >>
<< 離れるってどこに行けばいいんだ?! >>
<< ドルフィン号だ…! >>
  004 は 007 に、行くぞ、と声をかけ走り出した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








  003 はなんとか、下の実験室へ降りる排出口をみつけたが、ずっと妨害電波のようなものが発せられて 002 に通信が取れなかった。
 とにかく、連絡のついた 004 たちに 002 が最終的に抜け出せる出口を開いてもらうことだけに専念し、 002 は
自ら脱出経路を見出し下の施設から脱出してきた。


  002 と対峙していた初期の防護服を着た被験者らしき人物は、 004 よりもずっと規模が小さいが、
体内に小型爆弾を装備していたらしく、
 まるで 002 が脱出するのを見届けるようなタイミングでそれを起動させた。
  003 はそれを察知して、 002 が下りた場所からも逆に爆発の衝撃が上がってくることを想定してほぼ直接通路がある制御室から離れることを
008 と 005 に告げた。
 




 その音は 002 の居た実験室から数十メートル以上上がった場所にいた 003 たちにすら聞こえるほどの地響きだった。


 胸に形容できない思いが沸き上がりながら
 暗闇に戻った施設そのものでは本来、仲間たち以外の物音はしないはずにも拘らず、 
  003 は次の音を聞きつけた。
「 003 !どうなってるんだ」
「わからないわ!」
 次から次へと起こる事態に 003 は混乱し始め眼を閉じた。
 頭が割れそうだった。
 この電磁波の波の中、必死に通信と聴覚、視覚を駆使した。
 そもそも、 003 は司令塔ではない。それでも、必死に考える。

「少し…少しだけ待って…」
 詳細がわからない 008 たちは 003 の次の言葉を待つ。
  008 たちに現状を伝えたいのに、 003 には言葉が出せなかった。
 自分たちと同じ防護服を着た人物の最期を見届け、おまけに
  002 を負傷させてしまった。

 苦しい。 しゃべらなくては。つぎはどうするか。
 苦しい。
 何もしゃべりたくない。


 けれど、けれど。
「 003 」

 静かに 003 を呼ぶ声にゆっくりと目をあけ  008 が、 005 が、同じように言葉を失っているのが見えた。

「大丈夫だ、 003 」
  005 が優しく 003 の肩を叩く。
「大丈夫だ」
005は008 を見下ろし頷いた。
「003、大丈夫。ごめん、急かしてしまって…疲れているのはわかる。でも、ここから出よう。何か、変だ」
  008 も少しだけ深呼吸をして彼自身も興奮しないように呼吸を整え、そう 003 にゆっくりと告げた。
「002 がどこにいるかだけ、教えて欲しい。あとは、何とかする」 
005の静かでしかし、力強い言葉に003は急に涙が止まらなくなった。
「003」
「ごめんなさい」
 必死に涙を拭うが後から後からとめどなく涙が流れていく。
「……ごめんなさい、大丈夫、 004 たちが002と合流している。下の実験室から排出口を上って出てきたの…
でも… 002 は酷いけがを…」
003は涙を流しながら、008たちに告げる。
それを聞いて005と008 は頷いた。
「わかった。任せっきりにしてしまって、ごめん… 003 」
「ありがとう、 003 。本当に助かった。休んでいてくれ、大丈夫だ」
 涙の止まらない 003 に強くうなずき 008 と 005 は先ほど見つけた施設の見取り図を見下ろした。


 来るべきじゃ、なかったのかもしれない。


そんな考えが 008 の中に過る。
 全員、万全の状態なら。 001 も 009 もいる状態なら。
 何かを焦った。



 確かに世界中での異常を見過ごせないのも事実だった。だが、もう少し堪えるところだった。

いや、考えるな、それは今じゃない)

 施設の見取り図を見下ろし、見張りのロボットなどが起動したり、別の敵が来ても対処できるように
思考を巡らせる。
 通電したとき、 008 たちもみた色違いの防護服の人物について 003 は言及しなかったが、 002 の負傷原因の一つと考えて
間違いない。
 そして、 008 も感じた地響き。 003 の様子。
 答えは一つだろう。
( BG… )
  008 は自分で必死に怒りを抑える。 「 008 」
  005 が 008 を呼びかける。
「ああ、ごめん」
 そうだ。
 怒り狂っている場合ではない。   003 に大丈夫だと、何とかすると言ったのだ。
 我を忘れるな。
 深く呼吸をして、 008 は再び見取り図を見直す。
  004 たちはどこで 002 と合流したのか。


  002 が下りた実験室… 008 たちが BG にとらわれていた時期に使用したことがある模擬戦用の実験室くらいの広さが提示されている。
そこから 003 の言っていた排出口と 002 が下りて行ったエレベーターの通路を見つける。
 さらに遡って 003 の言った場所の見当をつける。
(ここかな)
  004 たちと別れた場所を追いかけていくと、ちゃんとつながる。

 さらにドルフィン号の停船している場所のすぐ横に、何かすぐ別のルートを見つけた。
 ほかの通路よりもずっと小さい、一歩間違えれば見逃しているようなサイズだ。
 さらにドルフィン号へ…と考えながら 008 はふと思う。
 これほどの施設で、通電する、しない程度で侵入者用のシステム起動しないのはおかしい。
 日本の大きな施設をベースに考えるとすぐさま補助電源が入って施設の設備復旧まで電力が配給されると言うのに。
 確かに前回は、 007 の言うように、巨大な電磁波の装置が建物内に広がり、
 敷地内にいたサイボーグメンバー全員に影響が及んだ。   007 や 004 がみた特殊な機械をを起動させた研究者がどうなったのかは、いまだ不明だ。
 先ほどの通電軌道はその研究者が行ったとすれば、何処から、この状況を見ていて
 にも拘らず、一度は起動した機器が再び停止した。
 一体、何が起こってるのか。

 一つ、妙なものを見つけ、慌てて  008 は脳波通信を開き、 004 へチャンネルを合わせた。









―――――――――――――――――――――――――――――

















 眠る 009 のすぐ横でギルモアは、 code-in を模擬プログラミングしていた。 本物を作ることはできない。
 正しくは、本物を作ってはいけない、の間違いか。
 ギルモアの予想が正しければ、完成させなくてはいけないのと同時に、完成させてはいけないもの。

 それが code-in だ。

 プログラムをタイミングする手を止め、天井を見上げる。

















  BG は誰も信用していなかった。

















 当時のギルモアにとっても、それはどうでもいいことだった。
 純粋に 研究したかった。
 だから、力を利用されていようがどうだろうが、
 それは問題ではなかった。  ギルモアがサイボーグ計画の話に関わったのは、科学者としての研究欲、
新たな科学の進歩への好奇心、 研究施設の提供、研究資金、
 それらを満たし、提供してくれると確信したからだ。
 ギルモアにとってほしいものがすべて揃えられた場所だった。


  BG がどんな組織かなど、
 どうでもよかった。








 研究ができる。

 自分の考えが正しいと、机上論でしかない理論が現実になる。
 その現実化欲を満たされる興奮だけしか、そこになかった。
 地位や名誉も、倫理も 関係なかった。


 サイボーグ計画が実現すれば、もっとさらに道が開ける。
 進化する科学や、技術は倫理を越えていくべきだ、と。


 眼球が潰れても、継ぎ替えられる。
 取り換えられる

 腕が千切れようが、
 足が吹き飛ぼうが、

 どんなことだってできる。

 いつかは命だって――――――――。
 正しいか、正しくないかは問題ではない。

 科学者として どこまでできるのか、どうしたらできるのか。
 高みを目指すというよりも、無限に広がる可能性に挑み続けることができる。






しかし―――――






009 が横たわる処置台を振り返る。
その顔には、自分に降りかかった現実に追いつけない傷が増えるばかりだ。
 誰かの心の傷を負わせることも、誰かの人生を奪うその現実の重みなど、無頓着だった。
 どこかで、考えていながら、見ないふりをしていた。 忘れたふりをしていた。
島に運び込まれた者たちの末路を
運よく 00サイボーグとして誕生したものもいれば、不具合に耐えきれず死した者もいる。
それは数えきれない屍の上に出来上がったもの


最初こそ、必要な犠牲だと、
いや、いいわけすらしなかっただろう。

 ただただ、好奇心を満たし研究欲を埋めていくことだけだった。



 なのに、



何も埋まらない。



 埋まるはずだったものは、被験者たちがバラバラの肉の塊や悲痛な顔をし、絶望や恐怖に耐えきれず 事切れる顔を見て

 底なしだった 欲が まるで振るいにかけられて 残った残骸が詰まり始めていた。

 必ず意味はあると、思っていた。信じていた。それは事実だと。
 言い訳を始めて そして、サイボーグ計画の凍結が決定したとき、
 拒絶反応の酷い 004 をそのまま実験体として待機させようという提案が上がった時、
ギルモアの中に 途方もない暗闇が なにかと混ざり、生まれた。
その案を非難する自分とそれを肯定する自分が
 延々とギルモアの中でせめぎあっていた。  そして…………

























 カタンッ

















  小さな物音にギルモアは何気なく、後ろを振り返った。 鼻に、硬くて冷たいものを押し付けられたその瞬間。

相手が誰だという認識なしに、 ギルモアの意識は闇に沈んだ。  


















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