009は 浜辺で004と会う前に夢を見た。 真っ暗い世界だった。 前も後ろも何も見えないし、何も無い。音もない。 加速装置の世界に似ている。 そんな中でふと考える。 戦いが 終わってほしい。 人や、何かを殺すのが こわい。 仲間や自分が死ぬのが こわい。 戦わなくてはいけない時、 常に直面する問題だ。 これが ゲームや小説や漫画ならば、こんな風に葛藤し、煮えたぎらない態度の 人物にやきもきするだろう。 だが、自分の目の前で、自分に起きている現実なのだ。 右手に銃を握り引き金を引き撃ち殺す。 その感触を、光景を くりかえす 倒れた相手の目玉がこちらをじろりとみつめたまま 一向に動かない。 そして ぜんぶ おわったとき、 なかまがころされなくていい、しななくていい じぶんもころされたりしない だれもころさなくていい あんしんする。 なかまのしあわせをこころからよろこべる。 そんな日常を思い浮かべる。 幸せだ。 幸せだろうな。 なにもない平凡な日々で、じゃぁ何をしようと考える。 そんな日常を思い浮かべる。 すると 何かがささやく 戦いが無くなってもそんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。 そんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。そんな日は来ない。 今だって 時々 0010や0013の事を。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 育ての親子である神父の事を思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 リナやミミやアポロンやアルテミスのことを思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。思い出す。 自分で手に掛けた クビクロの事を 思い出す。消えない。終わらない。消えない。終わらない。消えない。終わらない。 消えない。終わらない。消えない。終わらない。消えない。終わらない。消えない。終わらない。消えない。終わらない。 戦いが終われば 時々夜中に 殺した相手の事を思い出さなくて済むか? ――― そんなことはない。 これまで何度も思い出した。どうやったって消えない。終わらない。 戦いが終わった後、眠りにつく009が目を閉じたその先に見える暗闇に影が浮かび上がる。 ぐにゃりと少しずつ形を整え、同じように目を閉じて向かい合っては同じように寝そべってはいないか。 眼を閉じているのに見える こちらをじっとみつめる虚ろな空の瞳が。 ねっとりと流れる赤におぼれ動かなくなった相手の事を、 思い出さずに 済むだろうか。 戦いで、失い続けた何かを思い出したとき それに 体のすべてが引き裂かれ引っ掻き回され 頭の中が ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざざわざわざわざわざわわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざざわざわざわざわざわわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ざわざわざわざわざわざわざわざわざわざわ ずっとささやき続けてくる。 戦いがおわったら 終わってほしい。 ぜんぶ おわったとき、 なかまがころされなくていい、しななくていい じぶんもころされたりしない だれもころさなくていい あんしんする。 なかまのしあわせをこころからよろこべる。 そんな日常を思い浮かべる。 ぽっかりと穴が開く。 ぼんやりと、薄暗いふかいふかいふかい。 昼間、004が 戦いが終わったらしたいことはあるかと、尋ねてきたとき。 「全部忘れたい」 「全部忘れて・・・・・・それから」 それから・・・・・・ その後が続かない。 どうしていいのか、わからない。 しかし004にそんなことを言えはしない。 彼はきっと十分にその暗闇をいやというほど感じてきたはずだ。 だから、本当はもっと希望に満ち溢れた、彼が思わず笑ってしまうような優しくて、楽しくて明るい何かを言いたかった。けれど。 その後が続かない。 「何も考えてないな」 そういって、笑って見せるのがその時は 精いっぱいだった。 なのに。 「俺と旅でもするか」 彼はまるで食後はコーヒーでいいかと いうような空気で言った。 何気ない呟きだったのだろう。 なにか滲むように溢れ出てきそうな感情があった。 なのに ”さみしい” そんな こえが頭のどこかで思い出した。 目の前に004がいるのに 背中側にあるのは、自分の部屋の壁だけできっと何もないのに、 なのに、 後ろを振り返りそうになる。 ”さみしい。 さみしいの” だれの、 こえか すぐにわからなかった。 ”おねがい、いっしょにいて” 009の視界が振動する。 そして思い出す。この主を。 ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” ”おねがい、いっしょにいて” その声の波に飲み込まれるかと思うほど声は強く、悲しく、 遠い自分を思い出させた。 一人でも平気だと言いながらも 本当は、ずっとさみしかった。 煩わしいと思いながらも それでも誰かを求めていた。 傍に居てくれる誰かを。 自分の身を引き換えにしても構わない誰かを。 ずっと求めていた。 だから、 その言葉に、揺れ動いたのは事実だ。 一緒にいてくれる。 かわいそう。 寂しい。 寂しくなくなる。 悲しくなくなる。 けれど。 「一緒にいる」とはいえなかった。 何もいえなかった。 何もいえない009に、静かに、声が押し寄せてくる。 ”どうして…寂しい” 背中に何かが触れて、伝うようにそれが上がっていって前へと降りてくる。 ”周りの人が死んでしまったらあなたは一人になる” 知っている。 その言葉に 009は 真っ暗な世界が広がった。 その言葉は正しいだろう。 実際に、そうなる運命もあり得るだろう。 それもそう遠くない未来で。 あの未来がそうだったように。 加速装置の世界。 すべて見えるのに 周りの者は 止まり、触れるときっと簡単に壊れる。 ずっと夜の世界。 誰の声も聞こえない。 誰もこちらを見ない。 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も 誰も ”貴方は寂しくなる。寂しい” そんな暗闇の世界の中、声が聞こえる。 きっとその世界は 寂しいなんて言葉では 収まりきらない。 ”あなたは一人になる” 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 何度繰り返しても何も変わることなく 終わることなく繰り返される。 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 孤独は獰猛な生き物となって 009を 噛み砕き咀嚼し、貪り続ける。 ”せめて、いまからでも…傍にいて。遅くない。傍に居れば” 目を開けているのか閉じているのかわからない感覚のまま009の耳元で声が聞こえる。 ”一緒に わたしと 一緒に 一緒にいて、そうしたら さみしくない” 眼を閉じて、目を開けて 目を閉じて目を開けて 今度は、しっかりと目を閉じる。 聞き取れないほどの声が頭の中に流れてくる。 耳に聞こえてくる。泣いている。 叫んでいる。 さびしい、と 悲しさの感情が波の様に押し寄せてくる 彼女の悲しみを、009は知っている。 彼女は随分前に時空を超え消えていった。 それなのに、いまだ009の心にささやき続ける。 さびしい、と 彼女の気持ちを知っている。 彼女と同じ気持ちを持っている。 同じ波長で、それは水に響き、光の中で曲がり、通り抜け、お互いを呼びあう共鳴の様に。 「―――僕は」 けれど。 仲間の顔を思い出す。仲間の声を思い出す。 「一人じゃ生きられない」 ”一緒に わたしと 一緒に 一緒にいて、そうしたら さみしくない” イシュキックの声は止まらない。 「でも、仲間に出会った」 響く泣き声が体中に響き共鳴して、悲しくないのに、009の目から涙が零れる。 009の涙ではない。彼女の涙だ。 一人でも大丈夫だと思っていた。そんな自分を絶対に裏切らないと。 なのに、今は そんな自分を裏切って、醜くて意地汚い生き方をしようと思った。 そばに誰かがいる生き方を知った。 深く重く圧し掛かるような苦しい声が009の頭に響く。 さみしい、くらい、つらい、くるしい、 さみしい、くらい、つらい、くるしい、 さみしい、くらい、つらい、くるしい、 さみしい、くらい、つらい、くるしい、 仲間を得る代わりに、孤独への強がりを差し出して、一人では生きていけない呪いにかかったしまったけれど。 「この先、体が砕けても、塵になっても、仲間との記憶ある限り、 ―――――――僕は壊れない」 胸のあたりの服を握りしめる。 自分の命や力が無駄になって 仲間を失っても、立ち向かっていく覚悟が。 全部が無駄になることを。何一つ成し遂げられない可能性を受け入れる。 あんな未来にしたくない あの未来が来るかもしれない事も、受け入れて戦う 一人になっても戦う立ち向かう。 仲間とともに夢見た世界を。 仲間が望んだ世界を、一人で誰もいない世界から見下ろしても 一人になって仲間の居ない世界で負けても勝っても そのまま死んでも 一人生き残っても そういう世界すら受け入れる。 「これが、僕の覚悟だ」 全部後戻りできない選択に 手元に残るものは何もない 冗談に隠す遊びの延長線上みたいな関わり方で ふれあい、お互いを置いていくような生き方しかできない だから恐ろしいほど、幼稚な答えでも 皆 守り切れない生き物をかかけている 唯一の代わりはない。 死ぬのは怖くない。 それでも死ぬのが怖い。 無駄になる。 一人で戦っても 一人で死んでも、 一人で生き残っても 願っていた世界に仲間がいなくても、 仲間の傍に自分が居なくても 誰のために戦っても無傷ではいられない。 それがこの世界の戦争だ。 怖い。 本当に、 「仲間を失ったら。僕にはもう居場所がない。だから」 戦うしかない 怖い。 でも 「皆との思い出は、僕に強さをくれた」 汚れても 砕けても 何も見えなくなっても 腕一本でも戦う 仲間との、 これまでの記憶が、思い出がきっと 最後まで 支えてくれる。 009に向けて差し出してくれた004の手を。思い出す。 そうやって少し笑う 「彼との思い出は 僕を、最後まで守ってくれる」 何も持っていない 009は、 彼の何者にもなれない と思う。 「あの声が、ぬくもりが痛い」 まともな死に方はできない 「あの言葉が さびしい」 殺し合いの世界で、まともな言葉なんて言えない。必死に冗談の中に隠すしか 言えない事ばかり。 お互いに代わるものはないと知っていても たった一つの思いを言葉を、 冗談で隠す 何度も繰り返して、めぐって、 虚無感が普通になって それでも。彼との果たせない 約束をもしも、果たせたら と ”旅をするか” もし、全部終わったら、もう一度。 酷く、決して口にしてはいけない言葉を唱えるように けれど、恐怖を振り払うようにはっきりと 「――――行きたい」 彼の答えがどんな答えでも、いい。 命をかけて次死ぬかもしれない関係で、 次の約束も、愛も、恋も 嘘にする気はなくても、でも、嘘になる約束でも この約束が、記憶が、死ぬ前に、思い出せるように。 いえなかった事を後悔しても。 「―――――――――― 旅を 」 009の中で 声が 重なる。 「するか」 「 したいんだ」 4番目の 仲間の 声が。 行けないことは、知っていた。 普段、死にに行くような戦いしかできない004と009は 小さな約束でさえ交わさない。 交わせない。 それはきっと004が生きてきた”世界”と自分たちの宿命の為だということは 知っている。 そんな004が珍しく ”明日”ではなく、”明後日”でもなく ずっとずっと 先の約束を 提案した。 たとえ、冗談でも 004の、その言葉がどれほど嬉しかったか。 004は 知らなくていい。 仲間の元へ 009としても、島村ジョーとしても辿り付けなくても… 仲間との記憶が 動かない足に力を 敵に立ち向かうときに、勇気を。 何も見えないくらい汚れても、 何もわからないくらい壊れても かれらとの 彼との記憶が、巡る。 ”9人だ”と言ってくれた記憶。 ”一人にしない”と言ってくれた。 欲しい言葉を 欲しい時に。 ほかにもたくさんの記憶が ずっと009を支えている。 一人で死ぬかもしれない瞬間は 彼との記憶 を 思い出すだろう。 そうやって 前に踏み出す。 ひとりで死んでも ひとりで生き残っても そのさき、一人で暗い道をさまよい続けるとしても 彼らと居ない未来を選ぶことになっても。 彼らと共にいた記憶が、ある しばらくして言葉なく、イシュキックは 寂しそうに笑った。 ――――争いごとを 避けられないのなら、 私の時代に 終えてくれ。 子供たちに平和を―――― ―――――――――――――――トマス・ペイン |