1章














 青年は凍えていた。


















  寒さなど感じないはずなのに。



 それは、季節という意味でも、 肉体という意味でも、感じるようにはできていないはずだった。





















 それなのに、 彼はひどく凍えていた。


















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 いつだって、頭の上から泥をかけられているような気持がずっと付きまとっていた。
 それでも、誰か、何か 救いがあるような気がしていた。

 
青年が大切な人を失った悲しみや苦しみや痛みや悔しさを実感する間などなかった。
 あるのはただ「何故」という疑問だけ。
 思い出したのは 初老の育ての親と言い合いだ。
 彼は青年の主張や疑問に何も返さない。
 言い合いなどというのはたぶん青年の思い込みだ。彼はもちろんわかっていた。
 一方的に青年が巻き仕立てていただけだ、当然そんな様子を男はものともしない。
 相手してもらえないことに悔しさややるせなさ、孤独を感じて青年は居心地の悪さから飛び出すほかなかった。

 走って
 走って
 街に出た。

 人にぶつかり人と喧嘩をした。

 整った顔にはその国とは少し違う血が混ざっているのを誰もが理解できる。
 彼を見る視線は大体が好奇心、嫉妬、驕り、欲動。それに反発して怒りを買い心象を悪くしては彼は自分の行き場が狭くなっていた。
 ときどき全く違う優しいものであっても今の彼を薄暗い否定が肯定を許さない。
 
 出会う縁が彼をそうさせた。

 だからこそ

 彼は泣きながら 拳を振り上げるほかなかった。 


 
 そうやって疲れてどこかの公園のベンチに腰を下ろしぼんやりしていると
 けたたましいサイレンにふと我を取り戻した彼が見上げた先に荒々しく炎が立ち込めているのが見える。
 心当たりがあった。その方向は彼の育った教会がある。
 妙な胸騒ぎを覚えた彼は 振り上げた拳を下し、必死に走った。
 何かに突き上げられるように。

 走った。育ての親を振り切った時の様に。
 

 
 呼ぶ。育ての親を。背を向けて歩いていく神父の姿を追いかける。
 再び呼ぶ。 

 しかし、 後ろからその声に覆いかぶさるように追いかけるように
 青年を呼ぶ声がある。
 目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ
  目を覚ませ目を覚ませここは目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませだれがいる目を覚ませ目を覚ませぼくは目を覚ませ目を覚ませどこにいる
  目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませなにをうしなった目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませ何かが生まれた目を覚ませ
  目を覚ませ目を覚ませ帰れない目を覚ませ目を覚ませ戻れない目を覚ませ目を覚ませ目を覚ませだれか目を覚ませ目を覚ませ











 
「――――――――009」













 その声の望み通り、「彼」は目覚めた――――――――――――。












 記憶がめぐる。炎が上がった。8人の同じ姿をした者たち。
「 よく来てくれたね 」
 そうして差し出された 小さい手。
 自分を育ててくれた少し老いた手に反して小さな赤ん坊の手。
 引き摺られるように、落ちるように、追い出されるように、呼ばれたように。
  

「おあつらえ向きだな」

意味は理解できないが黒服の男達の言葉が痛みになり耳元をかすめた。
「009」
その数字に反応して靄ががった世界がクリアになり操作盤を見下ろしていた顔を持ち上げる。綺麗な女性が見下ろしていた。
「… 着いたわよ」
 単調にそれだけを告げジョーの様子を特に気に掛けることもなく彼女は背を向け扉の向こうに消える瞬間。  
009が自分だと言うことを思い出した。
 外に出ると収納式の柵にたどり着く、それに足をかけ飛び降りるようにジャンプする。どうやら広い洞窟の中のようでこれまで乗り込んでいたものが
黒く大きな戦艦だったことを改めて確認できる。
 これは BGが所持していた陸海空用の高性能な戦艦らしい。
 地面に着地するとメンバーから距離をとり 正面には見知らぬ男性と向かいあって親しげに話しているギルモアを見つけた。
「あの人は?」
「コズミ博士。ギルモア博士の旧友だとさ」
 独り言に近い問いかけに律儀に答えてくれたのは004だった。
 再びコズミに眼を向けると眼が合う。
 その瞬間、一瞬自分の記憶が改造される前までトリップしそうになる事に気がつきとっさに円周率で覆い隠した。
 それと ほぼ同時に少し笑った声が頭の中に響く。
 ………しまった。
 途方もない絶望と焦りに把握しきれない感情が入り乱れ頭の中がぐちゃぐちゃになる。
((安心シテ良イイヨ、 僕モ ソコマデ深い部分を読んだりシナイ))
 001の声だ。
 深くても浅くても001が009の心を読んでいだ事は変わりないだろうと思うが、それに対しての返答はない。
 一応仲間に危害が無い事なら基本聞き流す。それが皆と決めたルールとマナーだと001は言う。
が、やっぱり筒抜けだ。
((極力人ノ心は読マナイよ。案外人の心ノ声ッテ騒々シイんだ))
 この場の全員の声を全部聞くと頭がパンクするとのことらしい。
((コノ人は大丈夫ダヨ))
 コズミの思考を読んだのだろう。また無意識に円周率を思い出す。
((アンマリ怖がらないで欲シイナ 僕モ好キでコウなった訳ジャナイ))
 はっとして001を見ると相変わらずであった時のままで全く様子も表情も読めない。
((気にシナイデ))
 だが此方の不躾な感情に対する謝罪は相手に伝わったようだった。
******


 全員の体のメンテナンスやBFの調整を行う間、コズミの厚意で匿ってもらうことになり各自に自室というモノが与えられた。
 各人の歓喜の叫びの中。005と004はずっと沈黙を守っていたがベットの前に佇む背中は間違いなく喜んでいた。

 009も自室を持つのは初めてだ。だが、素直に喜べない。

 慣れていないと言うこともあるのだが…
 ちらりと部屋のカレンダーを見ると5月になっている。  コズミから全員に渡されたものだ。
 体の感覚が正しいなら脱出から10日経ったところだろう。

 自分の身に起きた出来事を009は思い出す。

 まさか世間も容疑者が崖から飛び降りた後、謎の組織に攫われサイボーグになり生きているなど思うはずもない。
 状況から考えて 容疑者は被害者殺害後、自殺。
 話はそれでまとまって終わり。       それで良い。 
 無罪を叫んでも身の潔白を晴らす手段も証拠も009となったジョーには無い。 …いや、ジョーであったとしても存在しない。
 神父を殺した犯人も知らない。 彼の取り巻く状況は何もかも裏目に出ている。

 ため息をつくのを合図にしたように耳がノイズを拾う。

 目の前に黒い点が広がった。

 すこし痛みが伴ったかと思えば直ぐに退いて消えてしまう。
 両手で目を覆い隠すようにやんわり押さえる。少しばかり体温の低い両手がひんやりと瞼に心地のいい刺激を与える。
(…眠ったら治る)
 そうやってやり過ごしてきた。
 手を退けた先に見えた部屋のガラスが毎朝いやというほど見る009の眼、髪の色をぼやりと映していた。
 **********



 再び凄まじい心臓の脈動が耳の内側でこもったように響く。 体がさかさまを向いているため呼吸をうまくできない。
 何とか正位置に上げる。

 柔らかいベットに倒れ込んで一瞬意識を落としかけたものの叫び声に飛び起きたと理解する。

 部屋の外から凄まじい轟音がある意味リズムよく響く。 雑音に聞こえるが 一定のリズムがある。
 そっと扉を開けると見覚えのない廊下だ。
 廊下の床を見下ろしてゆっくりと一番先のドン付きまでたどり着くと怒鳴り声が見えるように響き渡っていた。

 3人。

 金色銀色、そしてオレンジ。そんな色彩にほんのり明るくてきれいで華やかだなと思う。

 場違いな意見を他所に言い合いは続く。

 そんな隙間を縫うように何かが聞こえてきた。
 部屋からそっと体を抜け出し、音のする方へ歩くとテラスへと出た。

 広く 開けた 青い空と青い海に言葉を失う。

「何か見えるかね」 
 後ろかかけられた声に振り替えると、小柄の年配男性と目が合う。
 ほっほっと男は笑う。この人は。
「…コズミ、博士」


 この屋敷の主だ。




「002くんにラジオを渡したんじゃよ」
 廊下に戻ると3人の今だ続く言い合いをBGMにコロコロ笑いながらコズミは告げる。
 あの音、ラジオだったのか。
「すみません、コズミ博士、騒いでしまって…」
 元々赤の他人の集団の中で暮らしていた009にしてみればそこまで気になる話でもないが、状況が違う。
 これまでは物心をついたころにはその場所にいるのが当たり前で、後から来る他人を迎え入れる側だった。
 しかし、今は他人に受け入れられる側だ。
 どう接していいのかわからない。
 これまで自分はどんな風に教会の仲間と過ごしていただろう。
 今更になって009は教会にやってくる身寄りのない子供たちの気持ちを察する羽目になる。
 今までは神父が巾広い意味で味方で心の拠り所でいてくれたが、今の009にはそんな存在は居ない。
 ほとんど知らない他人との共同生活はただすれ違うだけでもどういった振る舞いが正しいのか、009の反応を鈍らせた。
 ましてや、居候の身だ。うろうろするのはまずかっただろうか。
 その件に謝罪し服や部屋の礼を伝えると、コズミはいやな顔ひとつせず笑う。

「何々、一人にはちと広すぎる家でな。大歓迎じゃよ」
 確かに一人で住むにはあまりにも広い家だ。
 こんな広い家に一人となると用事も手が回っているのか。それともハウスキーパーでも雇っているのだろうか。
 しばらくして、3人の怒声は鳴りやみ、ラジオの音も小さくなった。
 話がまとまったらしい。
「何かお手伝いすること、ありませんか。その…何かしていないと落ち着かないもので…」
 居候の身だ。おまけに00ナンバーの中の新参者。正直どこか居た堪れないというか居場所がない不安が付きまとう。
 じっとしてしまうと過ってきそうな記憶を、



 不安を、一瞬でもいい。


 払いのけたかった。
 その言葉に、ふむ、と何か考えた様子でコズミはそれなら…と、何かをしゃべり始めた時、009の耳がノイズを拾い、その声を掻き消した。
 同時に目の前に黒い点が広がる。
 すこし痛みが伴い思わず手を当てると直ぐに痛みは退いて消えた。
「どこか調子が悪いのかね」
「…大丈夫です」


 不意に。
 背中に気配を感じたと同時にコズミが視界から消えた。
足下が宙ぶらりんで踏ん張ることができない。
 おまけに視線が高く天井が近い。
「博士、処置室はどこに」  
 その声に 自分が後ろから腕を回され持ち上げられていると数秒遅れで解った。
 回されている腕から視線を上げていくと 005だった。
 コズミが処置室の位置をつげ、教えられたとおり005は009を脇に抱えたまま進んでいく。
 硬直して反応できず005に処置室に運ばれながら 002との話を終えたらしい004と眼が合う。
 009と005の様子に目を瞠り切れ長の目が僅かに下がった。

 あんな表情もするのかと驚く。

 しかし、その彼が持っていた大量の灰色の紙に5月17日の日付を見つけた009は蘇った記憶が眼の奥で渦巻、
手のひらに広がる血液や淀む意識に息が詰まる。



  視界が黒い靄で虫喰われていくようだった。



 **********()





 009はデータの集合体だ。

 ギルモアの見下ろす先には処置を終えた009が目を閉じている。
 処置室は思いのほか広く様々な機材がおかれている。

 さすがはコズミの研究所である。

「何か手伝うことは?」

 ギルモアに声をかけたのは、004だ。
 処置台に近づいた004はそこに横たわっている009を見下ろして右目の包帯に気が付き眉を顰めた。

 「眼球の処置ですか」

 004には005が009を連行する際、その顔のにも眼にも特に異常があったように見えなかった。
 メンテナンスを受けないと分からないことも多いようだ。
「眼球の処置でなら、俺のデータが役に立つのでは?」

 振り返えりながら告げた004にギルモアは浮上してきた科学者としての好奇心を押し殺した。

 00サイボーグたちは自分たちの要素が009のどこに取り入れられてるのかは知らない。
 だが、009は001から008までの能力の集合体だ。
 何処が利用されているかを考えるのだろう。
 例えば004.彼は体に内蔵装備された武器がメインとなるサイボーグだ。
 それゆえ破壊力を持つ武器の衝撃を直に体で受ける。なので土台強度が重要となり軽症化は難しい。
 結果として射撃の照準計測…すなわち、眼球データが元となっていると004も消去法で考えたのだろう。

 ふむ。とギルモアは納得する。


「それにはおよばんよ。小さな傷があっただけじゃ。あとは脳波通信の送受信設定の調節くらいかの」
 ギルモアが少しばかり思考回路を巡らせていると004がだまって先を促した。
「少し雑音が混じるらしい。目の方も少し、黒い靄がかかるとか」
「…不具合ですか。それとも拒絶反応?」
 研究を重ね拒絶反応の調整を行われるが、例外というモノは在る
 004は副作用や拒絶反応、不具合の類を最も多く繰り返している。
 そういった点においても004のデータは009に限らず005以降のサイボーグに貢献していた。
 眼球だけに留まらずどこを調整するにしても適任である。
「覚醒してから時間も経っておる、データを見る限り平気じゃ。それより」
 ギルモアは009から004へと視線を移す。

「君こそ具合はどうだね」
 004は一瞬眉を顰める。
「009が君の左右の眼球反射がズレてるかもしれないと言っておった」
 一瞬、004に驚きのため言葉を失ったのをギルモアは見過ごさず、君もちょっと座りなさいと、いすを指す。
 004は話題になっている眼を右に左に動かしているが、最終的に諦めてため息をついた。
 009はいつ、そんなことに気が付く機会があったのか、思考を巡らせる。
 考えられるとするなら、先ほど005に抱えられていたあの瞬間に見たのだろう。
(こいつ…)
 感心と皮肉めいた感情が交差する004は思わず口角を上げ、意識のない009を見下ろした。
「脱出の直前、君が拘束されたと聞いたときは肝が冷えたぞ」
 BGのやり方を熟知していてもギルモアは平然と佇んでいる004が何も報告してこなかったことを理由に放置していたのは事実だ。
 簡単に考えても軽く済む話ではない。
 ほかのメンバーもあえて隠している可能性があるから一人ひとりカウンセリングが必要かもしれない。
「拘束されたとき、手荒くされたんじゃないかね。あのあと、君の処置は何一つできんかった。すまん」
 ギルモアが頭を下げる。
「 しかし、それにしても、だ。一体何があった」
「…009の早めの到着につい、浮かれました」
「一歩違えば君はGBの基地に取り残されておったんだぞ」
 いつものシニカルな笑みを浮かべ肩をすくめる004にギルモアはなんと言ってよいやらわからないが、
記憶の中で、ふとその時の現状が思い浮かぶ。
 
 009が運ばれてきたあの時―――、
 模擬戦のあった004はテスト終了後、待機予定だった。
 他のメンバーもだ。
 唯一、001だけが眠りの時間に入っており、覚醒するころには予想よりもずっと早く”被験者”が到着した。 
 001は覚醒していない状態で009の手術が始まり、同時に脱出実行のカウントダウンも始まった。
 そんな中―待機中004の乱闘の知らせを受けた。
 施設の重要な機器をいくつか破壊し、連動していた装置がダウンさせ004は拘束された、と。
 そしてその出来事は幸か不幸か、ダウンした機器の復旧までの間、009や他のメンバーの警備を手薄にし、
彼らの脱出や001が目が覚ます時間を稼ぐこととなった。
 ただ疑問もある。
「004、君はどこからそのことを知ったんだね」
 009の到着が早くなったことを知っていたのは、あの時ギルモアを含める一握りの研究者だけだったはず。
 本来、模擬戦直後の004が知りえた情報ではない。にも拘らず、004はそのことを知っていた。
 片方の口の端を上げるだけの笑みを浮かべ004は肩をすくめる。
「模擬戦後の調整処置中に、ほかの科学者どもが、ね」
 今更ながらほかの科学者たちの軽率さを思い出し頭痛を覚えるギルモアだが今更どうする事でもない。
 ため息をつき009を見下す004に、彼の処置の準備に声をかける。

 アイスブルーの瞳が素早く反応しギルモアを見た。


 何も知らない人間が見れば その瞳は、ただの目だ。
 だが実際は004の中で、互いの距離を計測し照準を合わせ、反射的にデータが視界の端に出ている。




 いつでも殺せる。




 彼の目はそう言っていた。

 が、何かを振り払うように004は首を軽く振る。


 それでも、瞳の端にはまだ照準データが表示され演算が続いている事をギルモアはわかっていた。

+++++++++++













 他に町明かりはなく広がる暗い海と暗い空は星の存在を明確にする。

 どこかの町で、今はネットもテレビもスマホもある時代に、一人ラジオにスイッチを入れるものがいる。
 軽快な音楽でその町の天気予報を告げ、リスナーから寄せられたメールを読み上げている。
 しかし、その年代物のラジオは電池がないのか、電波状況が悪いのか音が飛び飛びになり、次第に軽佻な音を発しなくなった。
 それを聞いて、彼は前後にポータブルラジオをシャッフルしてみる。
 あるいは僅かにポンポン叩いてみる。 けれども、ラジオは沈黙していた。













…………………………………









 人の気配はなく静かだった。天井も部屋も白く明るい。
 一瞬、  どこだか 認識ができない。
 目だけでぐるりと周りを見回すと多くの機械が設置されている。眦と目頭の両方に指を当てると包帯が巻かれていた。
 思いの外傷の具合が浅くなかったのか右側の目が厳重に巻かれている。
 コズミの研究室であると理解が追い付いてくるのにそう時間はかからない。
 その直後ずきりと 痛みが生まれる。
 蹲るほかなかった。
 痛みが治まって暫く様子を見ようと起き上がり足下にそろえてあった靴を履く。
 少しばかり違和感がある。
 なのにその正体が何かは分からない。
 階段を上がると全体的に光が落ちていて静かな廊下だった。
 夜中なのだろう。
 壁のつくり、におい、天井の高さ。
 何か違和感を感じる。
 真っ直ぐ歩いていくと全く見覚えのない出口らしい扉を見つけ戸惑いながらもノブを回す。

海。

 踏み出し木造の階段を下り砂浜に踏み出す。

 つん と痛みを覚える。

 空気が底から冷えるのに、肌寒いという感覚はなく温度が低いことだけが解る。

 妙だった。

 ぼんやりとコズミの屋敷は崖の上だったはずだとかこの場所が浜辺に立っているとか、記憶が不規則に現れるものの決して結びつくことをしない。

 目の前の海をただ流し見しているだけだったが、
 しろい羽のようなものが目の前を横切る。

 灰、だと思った。

 その灰はあの時、炎に包まれた記憶を呼ぶ。
 教会が炎に包まれ 遠く離れた場所に出さえその燃え滾る灰が舞っていた、

「ジョー」

 二度と呼ばれる事はない名前だと思った。

―――うしろにある気配に。

 どうか記憶が違うことが無いようにあってほしいと願い振り向く先を一瞬、白く曖昧な灰に 遮られた。
 白い光の合間に開けた先に神父の姿は

「00、4…」

見知った別の姿に書き換わっていた。


 言葉を発することもなくシルバーアッシュの髪を風に揺らしながら009の姿に目を細める。

 それは、どこかの記憶に引っかかった。






 誰、だったろうか。 思い出せない。




 004の体にあちこち包帯が巻かれ、思考や言葉を遮るように再び目の前を薄汚れた白が横切る。
 これまで灰だと思っていたモノが雪だとようやく気がつく。



 カレンダーは5月だった。





 なのに、 吐き出す息が白い。
 その白い息はあっという間に風に乗って流れていく。








 寒かった。





 ただ 寒かった。












 なぜ、こんなにも寒いのか・・・・・・・。




 分からない。







 




 













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 そしてその場から遠く海を越えたどこかの町でようやく機嫌を回復させたラジオが、


  その日のニュースや音楽を軽快に紹介するもやはりすぐにへそを曲げた。












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