009は空を見上げていた。 浜辺に体を投げ出していた。体は動かない。 いや、 左手だけは動く。 いろんな場所を試してみて結局はそこだけがうごくのが分かった。 理由は分かっている。 あたりは暗く聞こえるのは波の音だけで 空は満点の星だが、 星座に詳しくない009がわかるのは天の川位のものだ。 一瞬、 光が、空を過ぎ去る。 あっという間の事で願い事を三回…なんてことはできない。 思い出すのは、加速装置のメンテナンストラブルがあった時の事だ。 世界は暗く音は何も聞こえず、動くものは何もない。 世界という枠組みから追い出されて、そのケースにガラスを流し固められたような時間を外から眺めているような感じだった。 触れたら 砕け燃えつくす。瞬く間に。 だが、 未来は、もっと 脆い―――――― 009は手を伸ばした。 ほんの数日前。 今からずっと先の未来で、今と同じように009は空を見上げていた。 その世界の空は 汚染された雲に覆われ淀んだ黒い雨を止めはしない。 そんな未来だった。 その意味を考え、答えは一瞬で出た。 世界の平和や戦争がどうという結論よりもっと身近で簡単なものだった。 答えを、仲間のだれかが知ればどう思っただろう。 いずれにせよ、009は未来で答えに行き当った時 どうしたいのか、その答えと自分のやるべき狭間で揺れ動いた。 安直だ。自分勝手だ。馬鹿だ。臆病者だ。 頭の中で様々な罵りが聞こえる。 それでも・・・・・・・・・・ 伸ばしていた手を白い手袋の手が掴んだ。 驚いて反射的にその手がつながっている先を見る。 「・・・やぁ、散歩?」 銀色の髪が風に吹かれてなびいている。 その顔には何の表情もない。 そんな彼に009はへらりと笑って相手の不機嫌で呆れた様子を待ち構える。 009は、時折発作の様に前触れもなく動かなくなる体で一日を過ごしていた。 ミュータントたちとの戦いの最中、ケインに右ひじ、右ひざ左ひざの小さなパーツを破壊され 戦闘後、処置をしたもらったにも拘らず、不具合が出ていた。 処置が遅れたということも不具合の原因にはなっているのだが、ともかく 正常に戻すために009の体は正常と不具合を繰り返している。 仲間にも散々 安静を言い渡されていたものの、貧乏性である彼がじっとしていられるわけもなく 誰かの手伝いをしようとして、まるでぎっくり腰をして動けなくなった人の様に固まっていたり エジプトの壁画のような状態で運ばれたり、自室のベットの隙間にはまり込んで 某名探偵の 小説の被害者のようなSUKEKIYO状態になったりと。 その都度、面倒見のいい004は青筋を立てながら何度も009に小言を零した。 が、結局はこの状態だ。 そろそろ、004と009の間でやり取りされる、 ”米神ドリル”が発動するころだ。 さすがの009も反省し逃げ場のないこの状況に覚悟を決めていた。 さぁ、こい。 と眼を閉じてつかまれたままの手がいつ離されるのか意識を集中していた。 しかし、そんな衝撃はいつまで待っても来ることはなく、 うっすらと眼を空けた先の004は ただ009の手を掴んだままだった。 いつまでも手を放さない004を009が訝し気に見上げていると、ぽつりと。 「俺たちがお前ひとりを残して死んだらどうする」 呟いた。 あまりにも脈絡がない言葉である。少なくても寝転がっていて、手を掴まれ いきなり言われるようなセリフではない。 「いやな質問」 009は苦笑した。 「結構な顔してるよ。君」 夜の所為か月の所為か青白い004の顔はいつもに比べると白い肌がより青白く見えた。 「どんな顔だよ」 無表情だった004がようやく009の知る少し呆れたような、どこか 縛り付けていた糸みたいなものが緩まったような顔をした。 そうだ、009が何か004に対して悪さをして謝罪をした時の顔に似ている。 同時に 少しばかり、009の手を握る力が緩くなった。 見下ろしてくる004の表情が幾分か柔らかくなったとはいえその手はまだ離れない。 「起こしてもらっていいかい」 004は自分の腕を固定し足と腰に力を入れたのを確認すると 009は掴まれた自分の手に力を込めて004の手を同じように握り、 手と腕に力を込めて引っ張る。それだけ簡単に009はその体を起こした。 確かに004は体の構成上009や005に力は及ばないし、彼らほど重量のあるものを持つことは できないものの一般人に比べればサイボーグの分、多少なりとも力はある。 009の体重位どうってことないようだ。 起き上がった009は掴み返している004の手を軸にしてくるりと周り、 座った状態で004を見上げた。 ただ寝転がっている状態よりも首に負担が掛かるなぁと思っていると 今度こそ手を放し004は009を正面に砂辺に座った…と思えば せっかく009が座ったのに対して004は浜辺に寝ころんだ。 えぇ、そりゃないだろう。と呟く009を無視して 004は009がしていたように空を見上げている。 ふーと、ため息をついてやはり009はそのまま浜辺に転がった。 「何かあったのかい」 その質問に004は何も言わない。じっと空を見つめているくらいだ。 一人になりたいのだろうか 思いながらも、左腕一本しか自由に動かない009は片腕の匍匐前進をするのがやっとだろう。 前に進まない事もないが、 多分、もし隣で匍匐前進を始めようものなら004はきっと落ち着いて物思いにもふけれない。 こういう時は、”私は木”か、空気の様に黙ってるほかない。 そうやって009はさっきと同じように空を黙って見つめた。 どのくらい経ってからだろうか。 「隙間が…空いている」 酷く弱弱しく、まるで出会った頃、0010との戦い後に話した時のような 彼を思い出させる声色で004は呟いた。 「中身はどこかに落としてきた」 009はじっと004の言葉に耳を傾けた。 「もう見つからない、いくら探しても」 004のつぶやきの意図はわからない。けれど 「サイボーグになった直ぐ後に似ている。随分前の事で、割り切ってわかっていたことなのに」 004が何かを悲しんでいるを009にはわかった。 009は昼間、部屋に006の差し入れを持った004との会話を思い出した。 next |