「みんな お腹すいてるから元気ないネ!!!!!!こんな時は 一にご飯2にご飯、3,4もご飯で5にご飯ヨ――――――――!!」 「いや、太る、それ」 006と共にキッチンでその日の料理当番だった008と004は呆れるが 006の気の使い方なのは知っていた。 どんなに疲れているときでも006にしてみれば厨房というのは彼にとっての ヘルスゲージスペースのようなものであることは周知の事実だった。 実際は疲れきっていて彼の力はアドレナリンの類であったとしてもだ。 しかし、それは全員ではない。 「009、あまりごはん食べてなかったネー、元気でないネ、力でないヨ」 ジャジャーと中華鍋を振り上げる006を見ながら008は 「単純に、不具合で体が途中止まったからだろ、喉を通らないって雰囲気じゃなかったよ」 いつも通りおいしそうに食べてたみたいだし。 009は育った環境の所為か、上品に食べようとしているが早食いで口いっぱいに頬張っていた。 というのも、同い年の002がよく009の一品を横取りして取ったりしたものだから癖になっているのだろう。 お前ら、いくつなんだ。 004のジャガイモを切る手がふと止まる。 まともに動ける004が003とともに買い出しから戻ってきたとき、エジプトの壁画のような形のまま005に運ばれ、 008に誘導される009を思い出したのだ。 思わずジャガイモを握りつぶしそうになる。003は目が点になって002は指をさして腹を抱え笑っていた。 何故、じっとしていられないのだろう。 ただ、009の貧乏性の性格、というよりも、もっと根本的に不安なところがあるのかもしれない。 未来に、行ってきた。 ふと、そんなことが頭に浮かぶ。 腹を抱えて笑っていた002もシェイクスピアの長い一節を引用する007も いつも通りに見えても 全員が疲れ切っているのがお互いにわかった。 誰もがお互いに、暗闇の渦を覗き込んでいるのだ。 数日前の戦闘から戻ってきたばかりで、一応メンバー全員が揃っているにもかかわらず結構な負傷率だ。 ましてや、その処置を行うギルモアですら折檻に近い暴行を受け心身ともに傷がいえ切っていないのが現状で、 コズミも応援に呼んで比較的重傷者から治療を施した。 常にひどい負傷率を誇る009のけがの具合と言えば両足と右肘の小さなパーツくらいのものだった為、 結果として最後の方で処置を受けることとなった。 その後回しになった処置の影響が出ているのか、時々停止していた。 先ほどの008と006の話は まさに昼食中の話に起こったことだ。 確かに009は落ち込むことはあるものの、006の料理がうまいことや006には弱い事もあって、BGを抜け出してから006の差し出す食事を食べないということはめったにない。 これまでの009は、006を心配させないように這ってでも食べるからこそ、気になっているのだろう。 単純に考えて不具合に他ならないのだが。 「009落ち込んでいるの、未来においしいものナイからヨ! そんな未来嫌ネ!009にいっぱい食べてほしいネ! そのために平和を!おいしいご飯を! あんな未来させないネ!少しでも変わるようにワタシ 戦うヨ!」 火を噴きながら中華鍋に火力をプラスする006を004と008は見た。 006の背中を見つめていた008が呟く。 「…009にはあるかな。006みたいに、”こうなってほしい”っていう未来が」 呟いた008を004は見る。 比較的、中立的な位置の008が珍しく009を006の様に擁護するような言い方をした。 普段の彼ならば、大体は批判的な発言をすることが多い。 「人間ってさ、戦って勝ち得たものがあってこそ、次も戦えるんだ」 008の言うことの意味を、004は想像する。 具体的無いことをあまり想像はできないから身近なものでイメージしてみる。 例えば、欲しい仕事を勝ち得た。 仕事を成しえて、いい収入が手に入って次の仕事につながった。 子供のころ、学校でいい成績をとった。 ピアノで、難しい曲を誰よりも早くうまく弾けて、お気に入りの先生に褒められた。 レベルが低いが、そう言った事でいいのだろうか。 それをイメージすると、”嬉しかった”の言葉が真っ先に来る。 「僕には009がそういう”勝ち得たもの”があったように思えないんだ」 004は008の言葉に眉を顰めた。 「009は孤児で 教会で育ったんだろう?詳しくは知らないけど」 確かに、教会で育った話を009の口からきいたことはある。だが、004は詳しくは知らない。 009はそのことをあまり口にすることもないし、詮索を004もしないことにしている。 「…ただ、ちゃんとした人が育ててくれただろうね。彼を見たら分かるよ」 堅物で甘い所はあるけれど、品の良さや、優しさ、穏やかな様子が009にはある。 そういう人物に育てられたのだけはわかる。 時々、感情が高ぶって粗野なところが出てしまうことはあるけれど、極まれだ。 年齢よりも彼はずっと落ち着いているから心配になるが、稀なその反応に逆に安心する。 「でも、その勝ち得たものや、大切にしたい記憶があったかとは違う」 004の思考にスッと縫うように入ってきた 否定的な言葉は、004にいくつかの記憶を引っ張り出した。 「妬み嫉み、争い、奪い合い、蔑み、裏切り…いろいろあったろう」 それは、009が少しだけ004に洩らしたことのある育ての親の話も含まれていたが、それ以上に根深く広がる004自身の記憶だった。 「そんな中で戦ってきた009は本当に守りたいものを守りきれたか?」 008が何を言っているのか、004は分からない。 しかし、淀んだ記憶半分が意識の中に渦巻きながら004は自身の記憶がめぐる。 ドイツの生活。戦争の事、壁の事……恋人の事。 そして起きた、「あの日」の出来事。 何処の世界でも細やかな裏切りも妬みもある。喜びも悲しみも。しかし、程度というのは 人によって違う。だから一般的な判断ができない。 けれど。 「僕らはたとえ、裏切られても軽蔑の言葉を受けて蔑むまなざしを受けてでも、その先に信じるものがあれば戦える。でも」 人間が何か新しいことでも、敵でも、何かに立ち向かえるのは、一度でも、納得した自分の勝利の記憶を持っているからだ どんなに戦っても守っても報われなければ空っぽになる。 「報われた過去が、一度でもあったか」 そんな008の話を聞いてもし、この話を002が聞いていたとしたら、009が何を感じているかというよりは、正直つべこべ言わずに、自分のできることをしろというだろうな、と思ってしまった。 何故戦うのをグダグダ感じているのかを理解するのは無理だろう。 ましてや、009は002の最新型の加速装置を持っていることや、同い年ということもあるから尚更だろう。 仲間意識を感じていても、認めているところがあっても002からしてみれば矜持を通す相手なのだ。 わかったところでどうしようもないとも。 004も似たようなところがある。 だが。 ”戦いたくない” 未来の世界で009が呟いた言葉に、002は009の胸倉をつかむことなかった。004も009の言葉を一蹴する事はなかった。 008も009に批判的な言葉を告げなかった。005だけがあの時009を諭してた。いや、 諭していたのは009だけではない。 005自身を含む全員にだったかもしれない。 金、物、名声、人…なんでもいいけれど 欲しいものも 大切なものも、守りたいものを一度でも 守りきれたか 「…あいつには、自信がないから戦うことを戸惑うと?」 「いやいや、彼は本質が優しいから戦うのに躊躇するところもあるんだけどね」 ”戦いたくない”と009は言った。けれど 「優しいから、戦うんだよ」 それでも未来から戻ってきた。 必死に戦い、立ち向かった。自分よりも強い相手に。死ぬかもしれない戦いをした。 これまでがそうであったように。 「だから、僕は心配なんだ。かれは意地でも生き残って戻るための、理由が」 これからも。 死ぬかもしれないような戦い方を 「幸せの記憶って言うのが、あるのかなって」 彼は、する。 next |